
日本ではオウムサリン事件で有名な有機リン化合物で神経ガスの一種、「サリン」は1938年、その毒性に着目したドイツ軍によって量産が計画されました。 ドイツ軍は敗戦までに7000トン以上の「サリン」を貯蔵していたにもかかわらず、終戦まで一度も使うことはなかったそうです。
敗戦後、1950年代に、NATOはサリンを標準的な化学兵器に採用、ソビエト連邦とアメリカ合衆国は軍用にサリンを生産しはじめました。この映像はベトナム戦争中である1970年前後に、米軍がユタ州で動物を使って行っていたというサリンの実験映像なのだそうです。
この実験は、長引くベトナム戦争をなんとか終結させようとした米軍が、ベトナムでサリンを投入する為の効果実験だったとされています。
ベトナム戦争において、サリンは実際には使用されなかったとされていますが、1998年、米CNNテレビが、米軍がベトナム戦争中に神経ガス、サリンを使 用していたと報じました。CNNによると、脱走米兵の捜索・殺害を含む任務を帯びていた特殊部隊SOGが実行した「追い風作戦」で使用していたそうで、 SOGの元隊員や軍の元高官らは、ラオスと北ベトナムで二十回以上サリンが投下されたと話したそうです。
アメリカ合衆国初の核弾頭搭載地対地ロケット「オネスト・ジョン」の弾頭の内部を見えるようにしたもの。サリンを詰める無数のM139小型化学弾が見える。なお、この写真はデモ用の弾頭で実弾ではない(1960年頃)

この報道を受け、米国政府はベトナム戦争でのサリン使用を公式に否定する声明を出しており、誤報であるとして、報道は撤回され、当時CNNの花形記者であったピーター・アーネット氏は退職となりました。
米軍兵の化学兵器訓練映像