沖縄県の尖閣諸島(中国名・釣魚島)や島根県の竹島(韓国名・独島)の領土問題をめぐり、日本と中国・韓国の間に緊張を激化させ、関係を悪化させ るような発言や行動が続いています。この二つの領土問題の解決にあたっていま大切なことは何か―日本共産党の見解をQ&Aでみます。

(写真)尖閣諸島。魚釣島(手前)と北小島、南小島=2004年11月、穀田恵二衆院議員撮影
Q 尖閣の領有権は?
A 歴史上も国際法上も日本
尖閣諸島の存在そのものは、古くから中国にも日本にも知られていました。しかし領有を示す記述は文献などにもありません。近代まで尖閣諸島は、どの国の支配も及んでいない、国際法でいう「無主の地」でした。
その後、尖閣諸島を探検した日本人の古賀辰四郎氏が1885年に同島の貸与願いを日本政府に申請。政府は沖縄などを通じた現地調査のうえで、1895年1月の閣議決定で尖閣諸島を日本領に編入しました。歴史的には、この措置が尖閣諸島に対する最初の領有行為でした。
これは「無主の地」を領有の意思をもって占有する「先占」にあたり、国際法で認められている領土取得のルールです。
その後、第2次大戦まで日本の実効支配が行われました。戦後、米軍の支配下におかれましたが、1972年の沖縄返還とともに、日本の施政に戻っています。
中国は1895年から1970年までの75年間、一度も日本の領有に対して異議も抗議も行っていません。実際、53年1月8日付の中国共産党機関紙「人民日報」は「尖閣諸島」という日本の呼称を使って同諸島を日本領土に含めて紹介していました。

中国側は領有権の主張の根拠に、日清戦争(1894~95年)に乗じて日本が不当に尖閣諸島を奪ったという点をあげています。日清戦争で日本は、 台湾とその付属島嶼(とうしょ)、澎湖(ほうこ)列島などを中国から不当に割譲させましたが、尖閣諸島は日本が奪った中国の領域に入っていません。
台湾・澎湖の割譲を取り決めた日清戦争の講和条約(下関条約)の経過が示すように、
(1)日本による尖閣領有の宣言が交渉開始の2カ月前である
(2)条約は尖閣について一切言及していない
(3)交渉過程で中国側が抗議した事実はない
(4)条約締結の交換公文で定める台湾付属島嶼にも含まれていな い
―ことからも、中国側が尖閣諸島を自国領土と認識していなかったことは明らかです。
日本の尖閣諸島の領有は、日清戦争による台湾・澎湖列島の割譲という侵略主義、領土拡張主義とは性格がまったく異なる正当な行為でした。
このように、歴史的にも国際法的にも尖閣諸島が日本の領土であることは明らかです。

Q 竹島の領有問題は?
A 日本領有に根拠
竹島は日本海航海者の好目標であったため古くから日本人にも知られ、「松島」の名で日本の文献にも表れ、アワビやサザエなどの漁に利用されていました。しかし、この島の帰属は、文献的には必ずしも明確ではありませんでした。
1905年、竹島でアシカ猟に従事していた隠岐島の中井養三郎氏から10年間の貸し下げが出されたのを受け、日本政府は同年1月の閣議決定で同島を日本領として島根県に編入しました。
竹島はこれ以来、日本領とされてきました。51年のサンフランシスコ平和条約第2条a項も、竹島を、朝鮮に対して放棄する島の中に含めていません。それは条約作成の過程からも明らかです。
こうした経過から日本共産党は、竹島の日本の領有権の主張には歴史的にも国際法的にも明確な根拠があると考えています。現在の韓国の実効支配は、52年に竹島を囲い込む境界線を設定、54年に常駐守備隊を配備し、占拠するようになったのが始まりです。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-11/2012091105_01_1.html
韓国人分かったの?
これネトウヨの見解じゃないよw