この島は飛行場が無く週に1度しか日本本土からの船便がないので、外国人旅行者はほぼ皆無だった
しかし、一度も大陸に接したことのない独自の生態系が認められ、世界遺産指定
それにともない最近は外国人観光客も増えてきた。
しかし、韓国などアジアの国住民でさえこの島のことをほとんど知らないのが実情。
島民達
言語wiki
言語については、言語学でいうところの言語接触を起こし、英語の中に日本語の語彙、または日本語の中に英語の語彙が混じる一種のピジン言語・クレオール言語化した「小笠原方言」を用いている。
宗教
キリスト教、最近は日本入植者の増加で仏教、神道も
場所
略歴wikiより1543年、スペイン人が発見
1670年、偶然島に漂着した船が日本に帰り島の存在を報告
1675年、幕府(日本)が調査船を派遣し、島にここは日本領土であると言う石碑を残して帰る
1817年、フランス人がアカデミー誌に小笠原諸島を紹介
1827年、イギリスが領有宣言
1830年、欧米系住民、ハワイ人等の入植がはじまる
1853年、アメリカ東インド艦隊が補給基地として島の一部をイギリスから購入
1862年、島の現状を知った幕府は、調査団を派遣し、島民に日本領土であることを通告、迫害しないことを条件に認めさせる。翌年日本人を島に送り込む
しかしその後も欧米人の入植が進む
1876年、日本が再度イギリス等列強諸国に日本領土として領有することを通告、イギリスは日本と事を荒立てることを嫌がり、渋々島民の保護を条件に受け入れる。これを機にさらに日本人を島に移住させる。
1946年、終戦とともに、アメリカの管轄下に置かれ、日本住民だけ島から追い出される
1968年、交渉の末、日本に返還、再び旧島民が戻り、新しい住民も移住、日本式生活になじめない欧米系住民の中には、アメリカなどに移住する者も
小笠原諸島の墓
ジョージ教会
母島を開拓したドイツ人の銅像
日本本土から1週間に一度しか船が来ない小笠原諸島、父島の二見港、よく見ると住宅の雰囲気が日本と全然違う
一週間に一度しか来ない船、一度訪れたら最低1週間は滞在しなければいけない、東京から片道26時間なので最短期間の旅行でも9日~10日間コース
島民達
この島ひとつで竹島や尖閣諸島の数百倍の経済水域を手にしている

