迎恩門(영은문:Yeongeunmun)
この門は、漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた。中国の皇帝の臣下であり、冊封国であった朝鮮の歴代の王が、中国の皇帝の使者を迎えるための門であった。
韓国政府の説明

中宗33年(1538)朱之蕃書、彫り上げ、117x239.5中国使臣を応待するための家所である慕華館(慕華館)正門(ヤングウンムン)にかけた扁額。慕華館は敦義門(西大門)外西北の方に位して中国使臣を応待するための家所だったが、高宗33年(1896)にソ・ジェピルなどが独立協会を立ててこの席に独立門を立てて自主独立を表示した。黒い土台に左右7枚になっているし、わくは朱漆の上に8葉蓮花文と唐草文を描いて入れた。裏左右弁下端に掛けがねを1個ずつ附着した。
迎恩門(영은문)-->独立門(독립문)
慕華館(모화관)-->独立館(독립관)
独立門(독립문:Dongnimmun)

独立館(독립관)

日清戦争により日本が“清”に勝利
し、下関条約にて“清”の冊封体制からの李氏朝鮮の独立を認めさせた。これにより李氏朝鮮は“清”の支配から解放され、自主独立国家として歩みだすことになり、その記念として“清”への服属の象徴の一つであった迎恩門(영은문)を壊し、そのすぐ隣に建設された。また、迎恩門(영은문)に隣接して建てられた慕華館(모화관)は独立館(독립관)と改名された。