○日露戦争開戦直前の1904年(明治37年)1月21日
日本とロシアの間での戦争が秒読みに入った頃
大韓帝国は突如「中立宣言」を行う。
○その、僅か数日後・・・
「ロシア軍の出動を旅順に要請する手紙」を
携行する朝鮮人を乗せた小船が黄海で拿捕される。
その発信者は中立宣言を声明した当の外務大臣、李址鎔だった。
○2月に日露戦争開戦し、日本が緒戦に勝利すると・・・
韓国は態度を一変させ、日韓議定書を結び日本が韓国領土を
軍事使用することを承認。
○日露戦争で日本が次々と勝利すると・・・
韓国はロシアの間に締結された一切の条約と協定を破棄すると宣言。
同時にロシア人やロシア企業に割譲した利権もすべて取り消した。
これが、歴史に裏打ちされた
「朝鮮人の中立の概念」である。
1:まず大国ロシアに事大して「日本を裏切り」、
2:日本側が得と見るや、すぐさま「ロシアを裏切る」。
朝鮮民族の卑しさが現れた
典型的な事例と言える。

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