2007/9/23 朝鮮日報
1960年代の石窟庵復元が間違っていたことを証明する写真が発見された。現在、石窟庵の入口左右にある八部神衆(仏法を守る8人の神)は全て一列に並んでいるが、本来は入口直近の1体が90度曲がっていたことが石窟庵補修工事(1913‐15年)直前に撮影された写真によって明らかになった。
ひどい破損のため崩壊が憂慮された石窟庵を日帝が1910年代に解体・復元した際、左右の入口にある八部神衆像1対については、他の八部神衆に対して90度角度を付けて配置した。しかし、文化財管理局が1961年から64年にかけて石窟庵を再度復元した際には、この八部神衆を他の八部神衆と同じく一列に並べた。当時の復元関係者は、「日帝が石窟庵の原型もすべて壊してしまった」と主張し、以後40年余りの間、論争が絶えなかった。
この写真は、1910年代、慶州で東洋軒という写真館を運営していた日本人タナカ氏が撮影したものだと言われている。日帝強占期に京城帝国大学教授だった藤田亮策氏が所蔵していたが、53年に成均館大が購入し、所蔵してきた。
また、石窟庵が無理数√2の比例美により幾何学的に建築された、という主張もある。日本人測量技師の米田美代治氏が40年に論文を発表して以降、数多くの学者がこの説に従った。しかし60年代に石窟庵を精密に実測した結果、石窟庵の本尊仏を祀っている場所は米田氏の主張するような半径3.6メートル程度の真円ではなく、場所によって半径の長さが1メートル以上も違っていることが明らかになった。要するに幾何学的比例美など、最初からなかったのだ。
まあ、歴史的建造物である事に変わりは無いけどね^^
大切にしなさいよ♪
せっかく日本が見つけて直したんだからさwwww

【経緯】
日本人が朽ち果てた遺跡を発見
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日本人が発掘
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日本人が写真撮影
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日本人が修復。(完璧では無いのは認める)
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朝鮮戦争で放置w
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朝鮮人が修復(経典とかで想像w)
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日本人の撮影した写真見つかる。
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配置が間違ってた事が発覚w
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至る、現在w