文化が外交…東京の韓国大使館の実験

東京麻布に新築した駐日韓国大使館。ロビーで最初に訪問客を迎える絵はムン・ボム氏の抽象画「Slow,Same」だ。7階ホールのオ・ビョンウク氏の「私の心の海」は両国の間をつなぐ海を連想させる。向かい側の官邸にあるキム・ホンジュ氏の文字図シリーズは文字と絵、構想と抽象を行き来し、言語以外の手段でも疎通できるというメッセージを伝える。小応接室は韓屋の広間、庭は伝統庭園のように飾られている。
18日に開館式が行われた新しい駐日韓国大使館は、キム・テホ氏、キム・ホドゥク氏、ペ・ビョンウ氏、イ・サンナム氏など今日の韓国美術界をリードする重鎮が寄贈した絵画、彫刻、写真など21点が展示された「美術館級大使館」だ。韓流で始まった韓国文化に対する関心を継続する前進基地として定着するという初めての試みだ。いわゆる文化外交のもう一つの顔だ。
2010年に同じ位置にあった古い建物を解体して工事を開始、ガラスとアルミニウムを利用した超現代的外観の地下1階・地上7階(敷地1万218平方メートル)の建物に完工した。工事には約8000万ドルが投入された。
在外公館を複合美術館化するこの試みは、前任の申ガク秀(シン・ガクス)大使とソウル大の鄭栄沐(チョン・ヨンモク)教授(西洋画)の作品だ。鄭教授は「在外公館は私たちの文化を見せる前哨基地。韓日関係の象徴性、韓国的伝統の現代的再解釈を考えて作品を選定した」と述べた。
在外公館の文化的重要性を早くから看破したのは米国のジョン・F・ケネディ大統領だ。1963年から米国務省に「アート・イン・エンバシー(the Art in Embassies)」という名前の美術バンクプログラムを設置した。昨年赴任したソン・キム駐韓米大使の徳寿宮後方の韓屋官邸もこのプログラムに基づき、韓国系米国人作家中心の作品で飾られた。
韓国外交部も03年から約130カ所の公館に1300点以上の韓国美術品展示を支援する「在外空間文化展示場化事業」を推進している。しかし所蔵品の代表性、各公館の性格に合う展示かについては、疑問が提起されてきた。鄭教授は「農楽・ムクゲなど単純に素材を通じて直接的に韓国性を表わす絵が多いため、『これが今日の韓国美術』として出すには恥ずかしく、別に作品を選定して寄贈を受けた」と説明した。
◆「友情の前進基地に」=この日の開館式には両国から約400人が出席した。
金奎顕(キム・ギュヒョン)外交部第1次官、金守漢(キム・スハン)韓日親善協会長らが訪日し、日本の政界・官界からは福田康夫元首相、額賀福志郎日韓議員連盟会長、左藤章防衛省政務官、斎木昭隆・外務事務次官が参加した。西澤豊時事通信社長など報道機関の代表も出席した。アイドルグループSHINeeのニンホさんとテミンさん、日本人女優の森田彩華さんら新世代スターも参加し、注目を集めた。
李丙ギ(イ・ビョンギ)駐日大使は「新築された大使館は、国交正常化から50年を受け継いできた両国間の友好関係をさらに発展させ、未来に向かって進む友情の前進基地になるだろう」と述べた。開館式では1962年に大使館敷地を寄贈した企業家、故徐甲虎(ソ・ガプホ)氏の遺族に感謝状が授与された。

>1962年に大使館敷地を寄贈した企業家、故徐甲虎(ソ・ガプホ)氏
なかなかの美談ですね。
しかしながら、麻布の韓国大使館にはこのような黒い話もあります。
麻布の韓国大使館の土地には、江戸時代から「臨済宗妙心寺派春桃院」というお寺がありました。
境内で麻布界隈の子どもたちが遊べるくらい大きな寺でした。
戦後、それに目をつけたのが隣にあった韓国大使館。
大使館が手狭だなんだと日本政府に訴え、春桃院の土地は国に取られて韓国大使館の一部になってしまいました。
春桃院は国から代替地として明治通りから一本入った宅地を貰い移転しましたが、宅地なので墓が建てられなくなりました。
そのため檀家は、臨済宗の他のお寺に墓を移しました。
この情報の提供者はどうやら春桃院の住職の甥ようで、この事は大使館周辺の住人も知っているそうです。

はてさて、徐甲虎(ソ・ガプホ)氏は一体大使館のどこの敷地を寄贈したんでしょうね?
周辺住民に迷惑をかけた大使館が、友情の前線基地になるんでしょうか?
現在の春桃院↓ただの集会所になっています。
