
坂井三郎(さかいさぶろう)
1916年(大正五年)佐賀県生まれ。1933年、海軍入隊。戦艦霧島、榛名砲手を経て37年、霞ヶ浦海軍航空隊操縦 練習生となり、首席で卒業。
翌年の初陣以来、九六鑑戦、零戦の操縦士として200回以上の空戦に参加し、敵機64機を撃墜。著書に世界的ベストセラーと なった「大空のサムライ」、「零戦の真実」「零戦の運命」などがある。
2000年(平成12年)9月22日没。
画期的だった「剛性低下方式」
とにかく忙しいですね。講演やら何やらで。私、今年でもう八十四歳になります。そろそろ斎藤(正久)司令のそばに行かなければならんかなと思っているくら いですから、いいかげん楽をさせてくれと言いたくなりますよ(笑)。以前はよく堀越先生と一緒にあちこち講演に行ったものですが。

ええ、零戦の開発者の堀 越二郎先生です。お亡くなりになってからもう二十年近くなりますが(一九八二年没)。
堀越先生というのは本当におもしろい方で、元日の朝に電話をかけてこられたことがありまして。ふつうなら「明けましておめでとう」とか必ず言うものだけ ど、いきなり「零戦のね……」って切り出すんです。
「百四十ノットで操縦桿を動かすと、私の計算ではこうこうこうなるはずなんだけど、いろいろな人に聞い てみるとどうも合わないから」って言って、あれこれ質問し始めた。私が答えているとカタカタ計算機の音がしてね。
「ああ、やはりあなたがいちばんよく覚え ていますね。私の計算とぴったり。ハイ、ありがとう」で電話を切ってしまう。まあ、私などはわかっていますからいいですが、知らない入は驚くでしょうね。
先生は零戦で初めて「剛性低下方式」というのを開発されたんですが、これは実に画期的なものです(昇降舵操縦系統の剛性を意図的に低く、つまり柔らかくし た方式)。先生のお書きになった零戦の本(「零戦」)にも出てきますが、私もパイロットの立場から、これについて書いておくつもりです。ぜひとも歴史に残 しておかなければならんと思いますから。
零戦の操縦系統がどうしてああいう効き方をするのか。ふつう戦闘機というのは、中高速時には舵が効きすぎましてね、かといって低速時にちょうどいいように 合わせておくと、戦闘の時に舵が重くなったり、急に高速に切り換えると機体がロールしたりする。ところが剛性低下方式を採用した零戦の場合は、低速でも高 速でも同じように操縦桿を引いて、思ったとおりの動きをするんです。高速時に細かく動かしても、操縦桿の動きが大きくとれる。
それはそうでなければなりません。Aクラスの腕前のパイロットでも難しいのに、Bクラス、Cクラスのパイロットが速度に合わせていちいち舵の操作を考えていたらどうしようもない。それが零戦の剛性低下方式だと思いどおりの操作ができる。
機首を上げ下げするエレベーター(昇降舵)の効き具合と操縦桿の効き具合が、低速でも高速でもパイロットの考えているとおり動いてくれるように設計されて いるんですね。だから縦の運動にも優れていて、宙返りが楽にできる。敵機の真後ろ三十五メートルから四十メートルに尾いたら、相乎はもう絶対に逃げられま せん。ガチッとキーロックがかかったようなものです。めったにないことですが、たとえ逆に後ろに尾かれても、縦の運動で三旋回か四旋回すれば敵から逃げて 挽回できる。
だから零戦はまるでパイロットの手足のように動くんです。地上で自分の体を動かすより、空中で零戦を動かすほうが機敏な動作ができ るくらいでした。ちょうどスピンナーの先端が眉間くらいの感じ、左右の翼端が両手の中脂くらいの感覚ですね。もう零戦はパイロットと一心同体になって動い ていました。零戦以降は、ジェット戦闘機であっても、すべてこの剛性低下方式を取り入れています。堀越先生の功績は大変なものですよ。しかし、いまはその ことを誰も知りませんね。
この画期的な操舵方式を考案するときに、先生は一度壁にぶち当たって、「えらいことになった」と頭を抱えたそうです。それがある日の明け方、ひらめいた。 ほとんど夢から覚めたばかりのような状態で、「剛性が低下したっていいじゃないか」ということに気がついた。あえて剛性を下げるなんて、それまで誰も考え もしなかったんです。常識否定の精神ですね。堀越先生はこの方式を考案したことで戦後、工学博士になられたんです。先生は肩書のようなものはまったくかま わない方で、どうでもいいからって博士論文もなかなか書かなかったですから。
戦後、先生がいろいろ講演をされてこの方式のお話をされて、そこヘ パイロットとして私がついていってね、「私の話で足りないところがあったら補足してくれよ」って。先生が「剛性低下方式」をどう考えていたか、どう発展さ せようとしていたか、そもそもそれがどういう装置だったかをいま生き残っているパイロットは誰も知らない。私がわかりやすく書いて発表しておかないと、永 久にわからずに終わってしまう。
先生は下仁田(群鵬県)のご出身ですから、名物のネギをかついで「これ、おいしいですよ」っていいながら、よく この家へ来られました。気さくな方で、「あなたは本当に笑わせてくれますねえ」って上機嫌でね。ところがあるとき、奥様が「ウチの人がちょっとヘンで す」っておっしゃるんです。だから、「ほかの人には預けられないけれど、坂井さんなら」って、先生の研究資料をお頂かりしました。
たしかに、そ の頃、こんなことがありました。やはり講演があって厚木飛行蜴へ向かっているときに、先生が「坂井さん、きょう行く厚木は海軍でしたね」とお聞きになるか ら、「そうです、海軍です」と答えました。ところが、十何分かするとまた、「きょう行く厚木は海軍でしたね」。「そうです、海軍ですよ」と答えると、「あ あ、そうですね。あなた、さっきもそうおっしゃいましたよね」とうなずく。それが、また十分くらいすると「きょう行く厚木は……」。同じように「海軍で す」と言うと「そうでしたね。私も何回も行ったことがあります」。
アルツハイマーです。あれだけの方が。なのに、そういう状態になっても零戦のことになると、もう何でもぜんぶ覚えていました。すごいものですね、若い頃に打ち込んだ執念というのは。
慰安婦・南京のウソ
学校で本当のことを教えればいいんです。たとえば、「従軍慰安婦」なんて、言葉は、当時はなかった。第一、戦地に女なんかいませんよ。一人も見たことがな い。それに、これは重要なことなんですが、一日行軍したらもう女どころじゃありません。三八式歩兵銃を担いで、背嚢しょって、前に四十発、後ろに八十発の 弾丸下げて手榴弾持って。行軍終えて荷物を下ろしたときには腰にこすれてそれこそ血だらけです。もう性欲どころか食欲もない。バタングーですよ。そんな状 態で女を引き連れていけますか。まして道々片っ端から強姦しながらなんて、冗談じゃない。
たしかに、戦闘の行われていない後方基地には慰安婦は いました。けれど、これはどこでもそうでしたが、慰安婦は司令官の給料の何倍ももらっていた。バラバラにならないように軍票を積み上げてヒモでしばって、 その一束がちょうどレンガくらいの大きさになるので「レンガ」と言っていましたが、それを四つも五つも下げていたんです。それに自由もあった。きょうは接 客したくないと言えば、飯だけ食ってブラブラしていてもよかった。
「南京大虐殺」だってそうです。南京が陥落したら陸軍のほとんどはすぐに出て 行ってしまった。残ったのは干五百人くらいですよ。干五百人でどうやって二十万人、三十万人を殺すんですか。穴を掘るだけだって大変ですよ。そうかといっ て川へ流そうものなら、たくさんの遺体が上海までプカリプカリ浮いていく。世界中の報道班が来ているんですよ。大虐殺があったら気づかないはずがない。東 京裁判まで、そんな話はまったく出ていませんでした。
日本軍の唐殺行為を搬影したというアメリカのドキュメンタリー映画がありましたが、あれは日本軍ではない、共産軍です。
見落としている人が多いようです が、我々が見ればすぐわかる。日本軍、蒋介石軍、共産軍でそれぞれ脚絆の巻き方、靴が違うんです。私が見た映画で日本軍とされていたのは、すべて脚絆の巻 き方が共産軍のものだった。たしかに軍服と軍帽は日本軍のものでしたが、どんなに欺いてみせようとしても、ちょっとしたところで馬脚を現してしまう。
要するに、慰安婦問題も南京虐殺も、日本が経済大国になってカネができてから韓国、中国が言い出したことです。
日本が食うに困るような国だったらそんなこ とは言わない。カネ狙いの捏造ですよ。だから理路整然と対抗しなくてはいけない。弁明するんじゃなくて、事実を言うんです。
そんなことよりも、 ラバウルには韓国人が三干名、台湾人と高砂族が合わせて二千名、計五千名の私設部隊がありました。その部隊の長が、このあいだもここを訪ねて来られました が。あの人たちは天皇の軍隊、皇軍としてラバウルまで行き、大変な働きをしたんです。だから当然、退職金がわりに恩給を支払うべきです。負けて旧籍が変 わったからって払わないというのは日本の道義に反していますよ。
謝罪だ、補償だって、払ってはならないところに言いなりに払って、皇軍として命がけで働いた人たちに何もしない。これはどう考えてもおかしいんじゃありませんか。
http://yamushokey.com/modules/picoarchive/content0096.html
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