[韓国に技術研修来た 40人余り集団難民申し込み]
英語・韓国語で申込書書きなさい法務省, 文法間違い文句をつけてピルギチェで書いたと受付受けなく
エチオピア人 うちの父韓国の自由ために争った… 今度は韓国が私たち手伝ってくれるように
私たちは 6・25戦争参戦国エチオピアの参戦勇士子孫です. 難民申し込みをしたいです. 去る 7日午前 10時頃ソウル上道洞の難民支援団体である ¥"シェルター¥"に 10‾30代に見えるエチオピアである数十人が突然尋ねて来た.
これらは外交部傘下無想援助(ODA) 機関である韓国国際協力団(KOICA)の招請で韓国産業人力開発院で技術研修を受けているエチオピア参戦勇士の子孫たちだった. 去年 12月韓国へ来て 8月初まで自動車・電機電子・熔接技術, 韓国語を学んだし, 修了式を残しておいていた. そんな状況で全体研修生 60人の中 40人余りが難民団体を尋ねて来たのだった.
これらの中で 30人余りはエチオピア政府に反対する政党に加入したし, 平和デモに参加するなど政治活動をしていると言った. ムスリムで宗教弾圧を受けているという A(29)さん, 少数種族で迫害を受けているという M(女・26)さん, 警察署職員で人権問題を申し立ててから逮捕したという P(32)さん, 同性愛者という事実がばれて懲役を暮したという K(21)さんもいた.
このような ¥"集団難民申し込み¥"は国内で非常に珍しい事だ. これによってシェルターはこの日ソウル出入国管理事務所難民室に直ちに申し込みお問い合わせをした. 受付担当公務員は難民申込書(14ページ分量)は英語と韓国語にだけ受けて, 申込書作成のための通訳はないから分かって作成して提出しなさいと答えた.
難民法 5条 3項によると難民申請者が文を書くことができないとか障害などの事由で申込書を書くことができない時には受付公務員が申込書を作成するようになっている. それなのに受付公務員は申請者たちにだけ責任を押し付けたのだ.
シェルター関係者は英語と韓国語ができる難民がいくらドエゲッヌニャであり通訳を求めるお金がない難民申請者たちは初めから我が国では申し込みも不可能な状況だと言った. 英語文法が違ったと指摘するとか, ピルギチェで使って調べることができないから大文字でいちいち使って来なければ受付を受けないという場合もあった.
シェルターはエチオピア留学生などをうわさをたよりに捜して申込書作業を始めた. 政府協力プログラムで全研修生たちがシェルターで難民申し込み手続きを踏むということが分かるようになったコイカは去る 12日法務省にこれらが消えたと ¥"素材不明申告¥"をした. しかし難民申し込みを準備して来た 39人は 14日正式教育修了証を受けて荷物を取りそらえてシェルター宿所に来た.
エチオピアはアフリカで唯一に 6・25戦争に参戦した国だ. 当時エチオピア政府は地上軍(皇室近衛台) 6037人を韓国に派遣したが, この中 122人が死んで 536人が負傷を負った. 参戦勇士とその子孫たちは 1974年から 20年間社会主義政権下でひどい差別を受けて来た. 参戦勇士家族 6000人余りが集まって住む板村村の地名は ¥"コリアサパル(Korea Sefer・コリア村)¥"だ.
難民申し込みを準備する H(32)さんは戦争で負傷を負って帰って来たお父さんは家で毎日横になっていなければならなかったが私は韓国を恨んだことがなかったとお父さんは韓国の自由のために当然に争った. 今度は韓国が手伝ってくれるように切に望むと言った.
これらが英語と韓国語の中で一つで難民申し込みをすれば, 臨時滞留ビザを受けるようになる. 法務省は審査過程には通訳を支援しているし, 実は関係を把握して宗教的または政治的亡命事由が認められるのか審査を経って難民地位認定可否を決めるようになる. 通常この過程には 1年‾1年 6ヶ月がかかる.