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平昌オリンピック代替地問題
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』 移動: 案内, 検索平昌オリンピック代替地問題(ぴょんちゃんおりんぴっくだいたいちもんだい)とは、2018年に開催が予定されている平昌オリンピックについて、2013年9月現在、様々な要素から開催の中止が確実視されている中、代替地を決めなければならない事態に迫られていることを踏まえての問題である。
というのも、このオリンピックの中止および代替地への振り替えという話については、過去に日本も当事者となっており、1940年に予定されていた東京オリンピックは、最終的に満州国建国から国際連盟脱退、1937年の日中戦争へと続く日本の政情不安により、欧米諸国との間に外交問題が生じ、その結果、時勢にそぐわないと判断された東京オリンピックは、1938年に開催権の返上が行われることになる。さらに代替地であるヘルシンキでの開催が模索されたものの、直後に第二次世界大戦が勃発したことから、IOCはオリンピックの開催が不可能になった判断、近代オリンピックの制定後初めてとなるオリンピックの中止が現実のものとなる。結局、第二次大戦によるオリンピック中止の波紋は、1944年に開催が予定されていたロンドンオリンピックにまでおよぶこととなり、この悲劇は、オリンピックにおける負の歴史として後世に広く伝えられている。
ただし、平昌における代替地問題については、こういった世界情勢の変遷に巻き込まれたという問題ではない。そもそも、平昌が開催地として本当に適当であったかどうかがまず疑わしいという段階で、早めに代替地の選定について動き出さなければいけないという話である。
概要
2018年に開催される平昌オリンピックについては、実は候補地の段階からいくつか重大な問題点が指摘されている。それは2011年7月に行われたオリンピックの開催地の最終選考の段階ですら、韓国経済の順調な成長によって解決するという話になっていたため、まさかその2年後になっていきなり韓国経済が失速し、IMF(国際通貨基金)および世界銀行から韓国経済に関するストレステスト(隠された問題がないかの調査)を受けるなどという問題が出てきた時点ですでに開催が危ういという話になる。
無論、危ういというのは、精一杯の優しい表現である。
実際、平昌郡のある場所は北朝鮮との国境から100km程度しか離れていないため、敵対国との最前線のすぐそばで行われるオリンピックという段階で、開催できるできない以前に開催してはいけない場所なのだけれど、2011年のIOC(国際オリンピック委員会)総会では、当時の韓国政府と北朝鮮の金正日総書記との友好関係を重要視し、その後の経済に関しても楽観的な韓国サイドのプレゼンテーターの語る見通しに乗り、何よりも韓国政府の支持と自治体の手厚い支援、そして国民をあげて平昌オリンピックを成功させるという熱意がIOCの各委員に支持された結果、見事に平昌郡が2018年のオリンピック開催地に選ばれたという経緯が存在する。
そのわずか2年後に北朝鮮との友好関係も韓国政府からの支持も自治体の支援も国民の熱意もすべて無くなっている。本当に、無くなっている。
まぁ、あ そこまで問題のある開催地が選ばれた裏に、賄賂が無かったわけがないのだけれど。けれども、その結果として色々と、色々と楽しい話が韓国国内に沸き起こることになる。その第一歩、端緒、すべての始まりが、最終選考から5ヵ月後の2011年12月に北朝鮮の金正日が急ししたことである。
その直後、平昌は休戦地域における最前線という、オリンピックの開催地として最もふさわしくない場所になってしまう。しかも、それ以外にも開催地としてはどうかという要素がたくさんありすぎるありすぎる。
以下略
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