絵は, 1748(ヨンヒャング 5) 年に朝鮮通信社がヨドボン(フシミで尿道)の城壁の下を訪問した時の姿を, 接待役を引き受けた藩士Watanabeゼンウエモンが描いた.謝絶を見ようと見手が集まった賑やかな姿が描かれている.
路上でニワトリを持った謝絶が周りの日本人と争っている姿が一部に描かれていてネッサングでは 「ニワトリを盗んだ」と言って, 当時の朝鮮を責める材料として採択している個人ブログもある.
しかし童子料官によれば, ゼンウエモンが同時期に, 当時の姿を詳細に記録した 「朝鮮人と氷期」には, ニワトリの逃げだした記録はあるが, 節度の技術はなくて, 絵の作者に謝絶を責める意図があったとは思いにくいと言う.
それに絵全体を見れば, ニワトリを手に入れた謝絶の上には, 謝絶の食品材料等を準備した建物 「下行所」があって, ニワトリが民家で育てられていたのではなくて, 謝絶のために用意したことだった可能性があると言う.
絵には, 暴れ狂う言葉を謝絶がつかまえる姿も描かれていて 逃げたニワトリを謝絶が取ろうと思ったという見解もできると言う.