「くやしいと言うべきか、むなしいと言うべきか」。いつもは笑いの絶えない郭社長(49)は、珍しく愚痴をこぼした。
上海のはずれにある日本風の居酒屋。芋焼酎のボトルが空きかけていた。郭氏は留学先の日本で環境技術を学び、大学卒業後も日本に残って起業した空気清浄ビジネスで成功。その後、上海万博が開催された2010年春に自分の会社と資産をそっくり上海に移し、中国での事業拡大に乗り出した。大気汚染など環境問題が深刻化し始めていた中国に、日本の最先端技術を導入することで役に立ちたいとの願いからだ。
立ち上がりは順調だった。「日本で開発された環境技術」は宣伝効果も抜群で、地方政府や大手企業からの相次ぐ引き合いに郭氏はうれしい悲鳴を上げた。だが、それが一気に暗転したのは昨年9月だった。
中国全土の少なくとも125都市以上で起きた反日デモのあおりで、それまで急拡大を続けた中国国内での顧客との契約がゼロになるとは、郭氏もまったく想像がつかなかった。それまでも、10年9月の尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖での中国漁船衝突事件が郭氏のビジネスに影を落としたことはあったものの、環境技術の世界では「日本ブランド」がモノをいって、契約数が減ることはなかった。
郭氏は声を潜めてこう言った。「反日機運が続く中で、昨年11月に発足した習近平指導部の対日姿勢をみながら、中国の自治体や企業は『日本』と名のつく製品や技術を敬遠せざるを得ない空気ができた」
それでも何十人と雇用した従業員には給料を払い、融資を受けた多額の借金は利子分だけでも返済していかねばならない。郭氏は日本からの技術導入をいったん断念して、7月にオーストラリアの企業と初めて契約を結んだ。慣れない英語を使って、環境対策の製品輸入を10月末から始める。
カラオケに行けば日本の演歌を何時間でも歌い続ける日本好きの郭氏。「日本では言葉にも勉強にもお金にも苦労したが、下宿のおばさん、定食屋のおじさん、運送業のバイト先の先輩、大学の同級生たち、みんな優しかった。最先端の技術も学んだし、日本での会社も成功した。日本に留学できて自分は本当に幸せだったと、ついこの前まで思っていた」とため息をつく。
江蘇省蘇州の大学で日本語学科の主任を務める杜教授(40)の表情も暗い。「今年6月の入学試験で日本語専攻を希望する受験生は数年前に比べて30%前後減った。日本留学希望者も当然、減っている」。杜教授は苦学の末、日本で博士号を得た。「1990年代初め、中国人あこがれの留学先は日本か欧米だった。とりわけあの時代に日本は輝いていた」と語る。
4年前に日本留学から福建省に戻り、就職した日系企業を最近になって辞めた女性の頼さん(29)は、「両親や友人は理解してくれますが、『なぜ敵の国の言葉を勉強して敵の国の会社で働くのか』と責める心ない親類や知人もいます。昨年からは留学経験を人には話さないようになって、転職することにしました」と打ち明けた。
政界や実業界、医師や弁護士、教授に民間企業と、日本留学経験者は中国でも貴重な人材だった。それが日中関係の悪化が長引くなかで、彼らにいわれなき「マイナス評価」を与える空気がじわりと広がる。
しかも本人たちには、大なり小なり抱え始めた苦悩を、この国の中で表立って口にできない重苦しさがある。「公の場で言えば抹殺される。酒場の話だ」と郭氏は念を押したが、仮名を条件にしぶしぶ記事化を承諾した。杜教授も頼さんも実は仮名だ。日本にとっても大切な彼らをどう応援すればいいのか。くやしさ、むなしさは日本人の胸にも去来する。(かわさき ますみ)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130930/chn13093015160009-n1.htm
やはり大朝鮮の宗主国様ですねw やる事成す事すべて同じです。
南朝鮮も日本の水商売で働いて大金を得た事を黙ったままにしますからねw
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