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http://shuchi.php.co.jp/article/1657
存在しない「中華思想」という言葉
(抜粋)
日本人の多くは、中国をめぐる諸悪の根源が「中華思想」だと信じて止まない。しかし、一般の中国人には、自分達が「中華思想」なる物に基づいて行動しているという意識は全くない。それどころか、中国語には「中華思想」という言葉すら存在しない。「中華思想」とは、恐らく日本人の造語である。
中国人の驚くべき尊大さ、身勝手さ、狡猾さなる物の理由を解く鍵は、本当に「中華思想」にあるのだろうか。ここからは中国近代史を駆け足で振り返りながら、この分かった様で分からない、摩訶不思議な「中華思想」なる物について考えたい。
実際に北京で親しくなった中国人に聞いてみたら、意外にも「中華思想? それは一体何ですか?」と逆に問われてしまった。日本人が当たり前の様に使う「中華思想」も、中国ではあまり一般的な言葉ではないようだ。
疑問に思って徹底的に調べてみたが、この事は日本留学経験のある中国人達の多くが異口同音に認めていた。最近の中国語のブログもいくつか覗いてみた。中国では「中華思想」の事等、教科書に書かれていないし、学術的にもこれを研究・考証する専門家はいないという。
しかし、考えてみれば、中国人に「君は中華思想の持ち主か」と問うのは、欧米白人に「君は白人至上主義者か」と問うのと同じくらい意味の無い事だ。地球上の全ての民族・人間集団は、大なり小なり、エスノセントリック(自民族中心主義的)だからである。
「ジコチュウ」という点なら、アラブ人も中国人に負けてはいない。カイロ、バグダッド、北京に合計八年間住んだ個人的体験から申し上げれば、両者のメンタリティは驚くほど似通っていると思う。典型的な5つの共通点を挙げてみよう。
その1 世界は自分を中心に回っていると考える
その2 自分の家族・部族以外の他人は基本的に信用しない
その3 誇り高く、面子が潰れる事を何よりも恐れる
その4 外国からの経済援助は「感謝すべき物」ではなく、「援助させてやる物」だと考える
その5 都合が悪くなると、自分はさておき、他人の「陰謀」に責任を転嫁する
もうお分かりだろう。これらは何れも開発途上国に概ね共通する「対先進国劣等感」の裏返しだ。中国思想史や中国政治論などの学術的、専門的立場から十分検証することなく「中華思想」なる概念を定義し、それに基づいて現代中国の行方を一方的に語ることは、空虚な議論である。
では、「中華思想」なるものは日本人の勝手な創作なのかというと、それも違うだろう。中国人が認めなくても、彼らの自己中心的世界観は厳として存在するからだ。真の問題は、古代から続くいわゆる「華夷思想(中国ではこの用語のほうが一般的である)」が近代以降、変化しつづけていることだろう。
「洋務運動」の前後から、それまで「夷狄」だったヨーロッパ人が突然、「中華」と同格になった。日清戦争後は、「東夷」であった日本までもが「中華」を凌ぐようになった。もう「華夷思想」だけでは説明できない。アヘン戦争以降、中国は新たな国家像と国際秩序モデルの模索を強いられたのである。
振り返ってみれば、欧米列強の脅威に直面した中国の歴代政治指導者は、西洋文化を拒否しながらも、「華夷思想」に代わる新たな国家観・世界観を確立しようとした様だ。残念ながら、これらの試みは何れも失敗に終わった様に思える。
しかし、同時に、近代中国の様々な改革により、古代から継承されてきた中国人の「華夷思想」というDNA自体が徐々に変容し始めている事も忘れてはならない。やはり、現代中国の尊大さ、身勝手さ、狡猾さの原因が「中華思想」や「華夷思想」にあると断ずる事には、やや無理があるのではないか。
むしろ、中国がその古めかしい「華夷思想」を十分克服しきれず、アヘン戦争から170年経っても、欧米諸国に対し、新たな中国の国家像・国際秩序モデルを示し得ない事への「劣等意識」こそが、中国政治停滞の最大の原因ではないだろうか。
開発途上国に概ね共通する
「対先進国劣等感」の裏返し!!
これらは、正しく、
中華圏 (中国・朝鮮・在日) に共通する
メンタリティーだ!!
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