約80年前、まだ台灣が日本統治下だった時代。
松山商出身の近藤兵太郎監督は、「野球こそ万民のスポーツだ。」と信じて一度も勝ったことがない弱小チーム嘉義農林学校で、台湾最強のチームを作るべく人種を超えた日本人、台湾人、先住民の三民族編成チームで甲子園を目指した。
松山商直伝のスパルタ式訓練で選手たちを鍛え、それに応えた嘉義農林選手たちは、見事に甲子園準優勝を果たすまでの強豪チームに育った。台湾野球の礎を築き、台湾野球史にもその名を残す近藤兵太郎監督の功績を、顕彰委員会と映画「KANO」を通じて、さらに広く伝わること、そして日台の野球交流がもっと盛んになることを期待しましょう。
