「東日本大震災時、最初に駆けつけた韓国救助隊を忘れないで」日本の外務事務官
中央日報日本語版 12月3日(火)11時29分配信
鶴間健介・外務事務官(33)。
「韓国人と日本人という集団の間には不信感があるが、集団ではない個人的レベルでは良い感情を持っている人が多いです。互いに交流を広めていって個人間の信頼を蓄積すれば、お互いの不信は克服可能な問題だと思います」。
「韓日の若手外交官交流事業」により先月25日から韓国外交部に派遣されてきた日本の鶴間健介・外務事務官(33)が2日、中央日報とのインタビューで、
両国関係の梗塞状態を解消する方案として「信頼の蓄積」を提示した。日本の東京外国語大学で韓国語を専攻した彼は「2002年に韓国留学後、韓日関係を発
展させようと外交官になった」と言う。韓日の外交官交流事業は1998年「韓日パートナーシップ共同宣言」の後続措置で、2001年以降は中断されていた
が昨年再開した。鶴間事務官は日本の外務省職員として12年ぶりに韓国外交部に派遣された。
彼は、日本の集団的自衛権の推進と軍事大国化問題などの懸案について「両国国民の間で互いに誤解する部分があるため、対話や交流で認識の差を縮める努力を
しなければならない」と話した。それと共に「研修時期に延世(ヨンセ)大学の大学院で国際関係ではなく教育学を専攻したが、韓国人の思考の底辺から理解し
ようとする努力の一環だった」として「お互いを理解する努力が両国関係の改善の土台になるべきだ」と強調した。
2005年から外務省極東アジア課で韓国を担当していた鶴間事務官は、在韓日本大使館勤務を含めて5年間、韓国で生活した。彼は「東日本大震災の時、最初
に到着した韓国救助隊とともに仙台に救助に出て行ったことが、外交官として仕事をした中で最も誇らしかった記憶」としながら「当時、結婚式を1週間後に控
えたある救助隊員の活動を見て、やはり韓日が最も近い隣国だと思った」と回想した。
彼は「韓日関係は色々な浮き沈みがあったが、大きな流れでは着実に発展してきた」として「2015年が韓日修交50周年なので、これを機に両国がもう少し近づくことができたらいい」と強調した。
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最終更新:12月3日(火)11時29分
挙句、つれてきた犬を逃がして、忙しい時に迷惑をかけ、救援らしいことを殆どしないで帰ったくせに(W
あほか?この役人(W
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