http://news.hankooki.com/lpage/world/201312/h2013120421075922450.htm
韓国日報(韓国語) 2013.12.4

米国外交文書"1951年アジア太平洋便"の離於島関連の部分
韓国政府が62年前米国に離於島の管轄権を要求したことがわかった。 この過程で韓国外交官が米国側に離於島と独島が鬱陵島すぐ近くにあると適当に説明した事実も明らかになった。 これは4日入手した米国外交文書で確認された。 韓国政府が離於島を含む、防空識別区域を拡大しようとする過程で中国、日本はもちろん米国を説得するのに"不便な真実"として作用する可能性が提起されている。
米国外交文書"1951年アジア太平洋便"によれば朝鮮戦争中だった1951年7月19日両流竄駐米韓国大使はジョン・ダラス国務部対日講和条約特使を訪問、日帝占領領土の返還問題を扱ったサンフランシスコ平和条約最終案と関連した韓国の立場を入れた書信を伝達した。 ディーン・ラスク国務長官宛てに送ったこの書信は済州道、巨文島、鬱陵島、独島と離於島の返還を明記することを要求した。
ダラス特使は梁(ヤン)大使が先立って要求した対馬が外れて独島と離於島が追加された文章を確認したため「2島がどこにいるのか?」と尋ねた。これに対しヤン大使とハン・ピョウク外交官は「日本海にあって鬱陵島付近に位置したと理解する」と適当に言った。 ダラス特使はその場で「2島が日帝併合以前の韓国領土という歴史的記録があるならば返還に問題がないだろう」という肯定的返事をした。
米国外交文書は韓国が以後離於島返還要求をかき集めたと記録している。当時国務部が「韓国大使館がその後(追加確認したが)独島と離於島の位置を分からないと答えた」として韓国の要求を認めにくいと意見を却下したと分かって韓国外交官の"鬱陵島ハプニング"が撤回のある背景と推定される。 ディーン・ラスク国務部極東担当次官補は8月9日ダラス特使の報告書を基に作成した"ラスク書簡"に"離於島がサンフランシスコ平和条約で日本が領有権をあきらめなければならない島に含まれなければならないという韓国政府の要求は撤回された"と拒否する返事をした。 ラスク書簡はまた、独島に対しても「韓国が領有権を主張したことが一度もなくて1905年頃から日本管轄の下に置かれている」として韓国領土と認定することを拒否した。 これは結局日本が独島を自分の領土で言い張って離於島を強行に防空識別区域に含ませる根拠となった。 外交当局が当時、慎重に積極的に対処したならば最近離於島を囲んだ韓中日防空識別区域論議で韓国が有利な立場を占めたと分析される。