【コラム】くさいものにはふたをする韓国人の性(1)
2014年03月30日12時30分すべての国にはタブーがある。韓国の場合はセックス、すなわち性がそうであるようだ。性に対する話や好奇心、公共の場所での“濃厚”と思われるスキン シップは韓国社会では禁止されるものとして扱われてきた。最近の10代は祖父母や両親が思うよりも早く性関係を経験している。誘惑的な映像があちこちにあ る。はなはだしくはセックスパートナーを探すアプリケーションまでできたという。ルームサロンはまたどうなのか。こうした場所の乱れたショーは有名だ。韓 国のあちこちに時間制のラブホテルもあふれている。それでも性に対する話はタブー視される。こうした面は多くの外国人の目には二重的であり、一種の精神分 裂的であり、理解し難い面だ。一言で言えば「やることはやりながらやっていないふり」ということだ。
韓国の現代大衆文化は性に対し非常に率直だ。一部女性アイドルグループのダンスは露骨で顔が赤くなるほどだ。それでも多くの韓国人は 相変らず「知らないふり」をする。外国人の立場では並みの混乱ではない。成人ならば自由に性を享受するのは誤ったことではないのではないか。筆者はここで 韓国人の性的生活や習慣・趣向を判断したり批判するのではない。人に被害を与えない限りしたいことをする自由がだれにでもある。ところがひとつ気になった 点がある。
韓国社会で性が依然としてタブーの領域ならば、なぜ韓国は性をはばかることなく輸出しているのか。「性輸出」という言葉になじみが薄 い方もいるだろう。しかし率直に尋ねたい。韓国の誇らしい輸出品である韓流文化の一部コンテンツは性的な刺激を武器としていないのかと。(中央 SUNDAY第368号)
【コラム】くさいものにはふたをする韓国人の性(2)
2014年03月30日12時30分韓国は戦争の傷を克服し経済成長を成し遂げ、さまざまな輸出品で世界市場を驚かせた。「漢江の奇跡」はだれでも知っている話だ。しかし現代の韓国文 化、特にK-POPはどうなのか。服をほとんど着ないでステージで性的な興奮を目標にしたダンスを踊る幼い女性たちをK-POPスターとして育てているの は、“部屋の中の象”のように目を背けることはできない事実だ。それでもほとんどだれもがこの“部屋の中の象”を見て見ぬふりをしようと努力しているのが 私には本当におかしく思える。まるで内心では「われわれ韓国人はセクシーな女性たち(時には男性たち)を作り出し、ショーケースを行ない、韓流熱風を作り 出し、その結果としてどのような形であれ韓国というブランドを外国人に認知させる」と心に決めているようだ。少なくとも外国人の多くはそのような印象を受 ける。
約60年前、米国人がニューヨークのマディソン街で始めた性を利用したマーケティングは韓国でほとんど芸術的境地に至ったようだ。セ クシーで若く整形外科的な助けを受けた女性たちを掲げ男性たちが作り出した耳にすっと入ってくるメロディを歌わせること。これが韓国の魅力を伝えることだ と考えているようだ。
エンターテインメント業界の目的はもちろん人間の魅力を売り買いすることだ。私が昨年インタビューしたミュージックビデオの監督は、 「ファンが見たいものを見せるだけ」と抗弁した。韓国の伝統的儒教価値を擁護しようということでもない。一部のK-POPは現在西欧式自由、MTVと物質 主義が軽薄さで混ぜ合わされたビュッフェのテーブルのようだ。韓国の大衆文化業界全体をとがめる言葉ではないことをわかってほしい。問題はこういう現象に 我関せずという大多数の韓国人ではないか。性が商品化されたコンテンツを海外に輸出しながらも実際には性をタブー視する態度のことだ。
昨年私は韓流の真の成功のために進むべき道は遠いと主張した。いまでも同じ考えだ。韓国というブランドを売るためには現在の韓流コン テンツが本当に韓国を代表するほどの価値があるのかを見直さなければならない。性的なコンテンツに対し“くさいものにふた”で一貫するのでは偽善者になる だけだ。性をタブー視しながら性を売る現実が変わることを願う。
スーザン・リー・マクドナルド:アリランテレビのトークショー『インナービュー』進行役。米コロンビア大学で政治学学士を、ハーバード大学で教育心理学修士を受けた。ソウル大学国際大学院韓国学修士課程を修了した。(中央SUNDAY第368号)