京都迎賓館写真集
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正門・塀
正面玄関
庭園
聚楽の間(じゅらくのま) 「聚楽の間」の「聚楽」は、16世紀に京都に造営された邸宅、聚楽第(じゅらくだい又はじゅらくてい)でよく知られていますが、「楽」(心身が安らかで楽しいこと)を集める(「聚」の字は寄り集まること)といった意味があります。転じて、人が集まった都もさします。
この部屋は、晩餐会などが行われる際に、招待されたゲ ストや随員の待合などに使用しています。
夕映の間(ゆうばえのま) 「夕映の間」という名は、日本画家・箱崎睦昌(はこざきむつまさ)氏の原画を基に製作された、東西にある壁面の綴織り(つづれおり)の題名に由来します。西側が「愛宕夕照(あたごゆうしょう)」、東側が「比叡月映(ひえいげつえい)であり、それぞれから一文字を取って、部屋の名称としたものです。
この部屋は、大臣会合などの各種会議や、立礼式のお茶のおもてなしに使用するほか、賓客に対する歓迎セレモニーの会場としても使用しています。
藤の間(ふじのま) 「藤の間」という名は、壁面装飾の綴織り「麗花」(れいか)の主要モチーフであり、花言葉が「歓迎」である藤に由来します。「麗花」は、日本画家・鹿見喜陌(しかみきよみち)氏の原画を基に製作されたものです。
この部屋は、京都迎賓館で最も大きな部屋で、晩餐会や昼食会、あるいは歓迎セレモニーの会場として使用するほか、舞台があり、能や日本舞踊といった伝統芸能を賓客に鑑賞いただく会場としても使用しています。
桐の間(きりのま) 「桐の間」という名は、部屋の主要な装飾モチーフが、日本国政府の紋章であり、京都迎賓館の紋章でもある「五七の桐」であることに由来します。
この部屋は、日本の伝統的な畳敷きの大広間の「和の晩餐室」です。最大24名までの会食が可能であり、本格的な京料理を供するとともに、芸舞妓(げいまいこ)による日本舞踊や、筝曲(そうきょく)の披露などで賓客をおもてなしします。
日本文化のふるさと京都は、良き伝統を受け継ぐと同時に、先進的な文化を受け入れ、感性を磨き、常に時代の最先端を歩みながら、優れた技能を今日まで受け継いできました。その技能の数々を現代の感性で表現した京都迎賓館。海外からお迎えするお客様に「和のくつろぎ」を体感していただき、京都で培われた「しつらい」と「もてなし」の心とともに、世界に向けた日本文化、京都文化発信の舞台として機能しています。
畳畳表の材料であるイグサをこの迎賓館のために栽培し、「中継表(なかつぎおもて)」の技法により製作。
大工(数寄屋)茶室建築の手法を採り入れた伝統的な住居建築様式。「桐の間」を始め、随所に活用。
漆漆の木の樹液を加工した天然塗料で、年月が経るほど深みを増す。「桐の間」のテーブル、床框(とこがまち)等に活用。
左官土壁の代名詞ともいえる京錆土壁を「桐の間」等に活用。築地塀にも京錆土を使用。
表具障子や襖・壁に和紙や唐紙を貼る技術。「桐の間」、「藤の間」、「夕映の間」等に活用。
建具障子や板戸などの建具類は、和風には不可欠の要素。「桐の間」、「藤の間」、「夕映の間」等に活用。
石造工芸灯籠、手水鉢(ちょうずばち)、沓脱ぎ石などの和風建築・庭園の空間に風情を与える。
竹垣竹で構成した竹垣は、竹穂垣、クロモジ垣等があり、庭に繊細な表情を与える。庭園内部の仕切りや目隠しとして活用。
錺金物(かざりかなもの)建築各部に用いる補強と装飾を兼ねた金具。釘隠、襖の引き手等、天井金物にも活用。
截金(きりかね)純金箔やプラチナ箔を数枚焼き合わせたものを貼り付け、種々の