日本人が建てた韓国初の西欧式ホテル、なぜ市民団体が復元反対
韓国初の西欧式ホテルとして知られている「大仏(テブル)ホテル」の復元事業をめぐって論議がおきている。市民団体が「どんぶり勘定式の復元は困る」と主張しているからだ。

仁川市中区(インチョンシ・チュング)は4日、「来年末まで30億ウォン(約3億1000万円)の予算を投じて大仏ホテルを復元する
計画」と明らかにした。中区中央洞(チュンアンドン)のホテルがあった敷地に過去の建築物を再現するということだ。1階の床は強化ガラスで施工し、地階に
ある建物の基礎などを見ることができるようにつくることにした。中区は1973年に仁荷(インハ)大学建築科の学生がホテルの建物を実測した資料と写真な
どが残っているため復元には問題がないという立場だ。ホテル敷地近隣に位置する残された当時の建物の一部を壊してレンガなどの資材を確保することにした。
半面、市民団体は「検証資料が不十分な状態で復元作業を急いで推進している」と主張した。仁川経実連(経済正義実践市民連合)は最近
の資料を出して「中区が発注した用役報告書に含まれた図面を見ると相当数『推定』という但し書きがついているなど資料が不十分で原形復元は不可能だ」と話
した。仁川経実連のキム・ソンウォン事務局長は「専門家の意見を十分に集めてから復元作業をすべきだ」と話した。
大仏ホテルは1888年〔高宗(コジョン)25年〕に日本人の海運業者、堀力太郎が建てた。レンガで建てられた3階建ての洋館で寝室
と食堂などを備えていた。ベッドがある客室は11室だった。従業員は英語を駆使してコーヒーも売っていた。1918年に中国人が買収して「中華楼」という
中国飲食店を運営した。1978年に都心開発と共に撤去された。2011年に商店街建築のために掘削工事をしていた際にレンガの建物の一部が発見され、実
体が明らかになった。
http://japanese.joins.com/article/742/189742.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|main|top_news
一方、台湾では
「日本統治時代の木造家屋を復元した 南門町三二三 が台北にオープン」
台北市にある台北植物園の蓮池そばにある木造の平屋建築は日本占領時代に建てられたもので、すでに80年を超える歴史がある。当時は人々がお茶を飲み、一休みするために使用され、その住所は、台北州台北市南門町六丁目323番地だった。
このほど、民間団体が資金を提供し、台湾と日本の建築士が共同で修復、当時の姿を復元して2日、「南門町三二三」と命名されてオープンした。
