
神武天皇陵を参拝された皇后さまと秋篠宮妃紀子さま=3日午前、奈良県橿原市
初代天皇である神武天皇の式年祭が、大正5年以来100年ぶりに行われた。皇祖の命日に御霊を慰める式年祭は、宮中祭祀(さいし)の中でも「大祭」に位置付けられる重要な儀式。天皇、皇后両陛下は大正天皇、貞明皇后の前例にならい、奈良県橿原市の神武天皇陵まで赴き、厳かに拝礼された。
宮内庁によると、現在の宮中祭祀は明治憲法下の旧皇室祭祀令に基づいて行われる。大祭は天皇自らが祭典を行い、拝礼した上で、御告文(おつげぶみ)を奏上する。神武天皇と先代(現在は昭和天皇)のみは毎年の命日に大祭として祭典を営む。
先代より前の3代(現在は大正天皇、明治天皇、孝明天皇)は毎年、掌典長が執り行い、天皇が拝礼する小祭となる。また、歴代天皇の崩御から3年、5年、10年、20年、30年、40年、50年、100年、それ以降は100年ごとに営まれる祭典は式年祭と呼ばれる。
天皇祭、式年祭は、歴代天皇をまつる皇居・皇霊殿と、それぞれの陵(天皇の墓)で行われる。両陛下は先代である昭和天皇の三年、五年、十年、二十年の式年祭はいずれも武蔵野陵(東京都八王子市)での儀式に臨まれている。
宮内庁によると、100年ぶりの神武天皇式年祭を迎えるにあたり、大正5年の二千五百年式年祭で大正天皇、貞明皇后が神武天皇陵を参拝した前例にならい、両陛下も陵での拝礼を望まれたという。
二千五百年式年祭では、大正天皇は陸軍式の正装だったが、陛下は今回、モーニング姿で臨まれた。また、ホテルからの御料車には、国会開会式などと同じくトヨタ製の「センチュリーロイヤル」を使われた。
当時は伏見宮貞愛親王、東伏見宮依仁親王妃が務めた皇霊殿での名代は皇太子ご夫妻、依仁親王だった陵への同行役は秋篠宮ご夫妻がそれぞれ果たされた。
皇太子妃雅子さまは体調への負担が大きい伝統的な装束「五衣」「小袿」「長袴」に、髪を束ねて後ろに垂らす「おすべらかし」の髪形で臨まれた。宮内庁関係者は「神武天皇の式年祭を重く受け止め、体調を整えられた」としている。
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神武天皇 宮内庁書陵部によると、父は天津日高彦波瀲武●(=慮の心を皿、右に鳥)●(=滋のつくり、右に鳥)草葺不合尊(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)、母は玉依姫命(たまよりひめのみこと)。日本書紀によると、太子となって九州から東遷し、大和を平定。紀元前660年に橿原宮で即位し、初代天皇となった。紀元前584年に127歳で崩御したとされる。明治6年に即位した2月11日を紀元節と定め、戦後に廃止されたが、昭和42年に「建国記念の日」として祝日となった
