なんか日本は我が国ながら、知れば知るほど好きになる国だな^^
有田焼とマイセン
東洋磁器のなかでも、特にマイセンとのつながりが深いのが、日本の有田焼でした。
17世紀半ばの海外貿易の開始によってヨーロッパ市場を意識し、
高度な技術と感性を駆使した形・色柄・質が追求されました。
このことがかえって有田焼の進歩を促し、
その後のヨーロッパでの絶大な人気を生み出す要因になったのです。
17世紀後半になると、元禄文化を反映した日本独自の豪奢な色絵の古伊万里手や
柿右衛門手が作られ、ヨーロッパで のバロック趣味・ロココ趣味に合致して、
ますます人気を博するようになり、日本磁器獲得に熱心な王侯貴族はアムステルダムまで人を派遣し、
東洋から入る船 を待機させたと言われています。
マイセンで、ヨーロッパで最初の磁器が創製されると、
1720年代からは柿右衛門模様のマイセンが作られるようになり、この流れは現在まで続いています。
ベトガーが磁器焼成に成功し色絵具が完成すると、有田焼に陶酔していたアウグスト王は、
有田焼を手本として、絵付けの練習をさせることで、マイセン工場の手描き技術を向上させました。

左 : 色絵花籠文皿 日本 江戸時代 伊万里 直径30.2cm
右 : 伊万里 直径30.2cm 色絵花卉文面取瓶 1725~30年頃 高21.3cm
マイセンが誕生するまでに、いかに東洋磁器(特に日本の有田焼)がヨーロッパでもてはやされていたか、
お分かり頂けたでしょうか。
私たちの洋食器に対する憧れは、実は300年以上前のヨーロッパの人々の
日本の食器(磁器)への憧れとどうしても自らの手で完成させたいという情熱が根元にあったわけです。
ちょっと、誇らしい気分になりますね。
出典 : 「マイセン磁器」国立マイセン磁器公団史料編纂室 (監修 三上次雄・吹田安雄)敬称略
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