確かにデマもありましたが、デマではない事実もありました。
デマの代表例とされるのは、「井戸に毒を入れ~」というもので、このデマを流布した首謀者は、時の警視庁官房主事で
後に読売新聞社主となった正力松太郎と言われています。
警視庁官房に集まっていた各新聞の記者が、警視庁官房主事だった正力松太郎の話を鵜呑みして記事にしたことによってデマが広がったとのことです。
そして、これら様々な話がデマだと最初に言い出したのは、
後藤新平内務大臣兼帝都復興院総裁でした。
工藤美代子著「関東大震災『朝鮮 人虐さつ』の真実」によりますと、後藤新平は、
「正力君、朝鮮 人の暴動があったことは事実だし、
自分は知らないわけではない。
だがな、このまま自警団に任せて力で押し潰せば、
彼らとてそのままは引き下がらないだろう。
必ずその報復がくる。
報復の矢先が万が一にも天皇陛下に向けられるようなことがあったら、腹を切ったくらいでは済まされない。
だからここは、自警団には気の毒だが、引いてもらう。
ねぎらいはするつもりだがね。」と正力に語り、正力はあえて風評の打消し役に徹したといいます。
したがって、関東大震災の時に言われたり報道されたりした
朝鮮 人の悪行の中には、デマ(風評)もありましたが、
事実もあったということです。
雑誌「SAPIO」に1年余りに渡り連載されていた工藤美代子著
『関東大震災-「朝鮮 人虐さつ」の真実』は、加筆・訂正を加え、2009年12月2日、産経新聞出版から新刊本として発売されました。
同書では、1923年(大正12年)の関東大震災時にあった
「朝鮮 人によるテロ行為や日本人襲撃」や「日本人による朝鮮 人虐さつ」のそれぞれの事実について、多数の資料・新聞記事などから検証しています。
当時の内務大臣・後藤新平が「朝鮮 人襲来報道」を抑えた理由や、後藤新平の命を受けて奔走する警視庁官房主事・正力松太郎の姿などが、文献や関係者の証言から伝えられています。
下記のブログで、その「SAPIO」の上記連載について一部を紹介しています。
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本当に有った関東大震災における朝鮮 人による暴動・破壊・放火・強 姦
2009年5月14日
http://ameblo.jp/sinesayoku/entry-10260524567.html
雑誌SAPIOで
「本当に有った関東大震災における朝鮮 人による暴動・破壊・放火」について昨年から連載中ですが、量が膨大で中々まとめ切れていないので、ネット上から集めた当時の新聞記事を集めてみました。
SAPIOの資料、証言を読んでもとりあえず言えるのは、
「少なくとも横浜~品川において朝鮮 人による暴動破壊活動は有った」という事です。ネット上から集めた当時の新聞記事です。

横浜から品川方面へ朝鮮 人の集団が刀や爆弾を持ち、
暴れまわって婦女を強 姦していたという事実を追求して行くとこの騒動の実態が見えると思われます。詳細に追求中です。


横浜から品川方面へ朝鮮 人の集団が刀や爆弾を持ち、
暴れまわって婦女を強 姦していたという証言は間違いなく存在します。何も無ければ記事になる事は有りません。

一連の調べで習志野と江東地区で間違いなく
不穏な動きがあった事は間違い無いと思われます。
この記事もその証拠の一つです。
「震災で泣き叫ぶのを聞いて革命歌を歌っていた」と言うのが、いかにもアカ極左の行動を的確に捉えており、当時から大バ カ野郎だったというのが認識出来ますね。

司法当局が朝鮮 人の犯罪を報道する事を規制し圧力を掛けた決定的証拠。
10月20日、ようやく自由報道が解禁され、真実を記載し始めた。
幾多の報道されてきた犯罪は事実であると、
さらに下には四ツ木で朝鮮 人が少女を輪姦した上にさつ害し、荒川に放り投げ逃走したという恐ろしい記事が書いてある。

日本橋の倉庫に朝鮮 人が火を放って逮捕。
深川の食糧倉庫が時間を置いて火が立った
のも朝鮮 人の同時多発テロだったと言う事を裏付けるひとつの事実である。

横浜で実際に有った関東大震災における朝鮮 人による暴動・破壊・強 姦【1】
2009年5月14日
横浜~品川での朝鮮 人による暴動・破壊・放火・強 姦の目撃談です。
引用元「SAPIO 2008.5.28」


関東大震災において朝鮮 人が暴動・放火を行なったのはデマと捏造したのは社会・共産主義の学者
2009年5月19日SAPIOの連載によると、つまり朝鮮 人と社会主義者=アカが結託してクーデターを起そうと準備していた。
そこに関東大震災が起き、混乱に乗じて朝鮮 人が暴動・ 放火・強 姦行為をやった。
特に横浜方面から品川にかけてのエリアで物凄い人数で襲い掛かってきた。
横浜方面だけでなく、深川、墨田他のエリアで
どうみても火災が起きるはずの無いエリアで爆発や火災が発生した。
その情報が警察とかに上がって丸の内とか外国の要人が居るので朝鮮 人の暴動に備えて厳戒態勢で備えていた。
この朝鮮 人の暴動に怒り狂った日本人の自警団が
そいつらをとっ捕まえて自衛の為にさつ害した。
なかには無実の朝鮮 人と朝鮮 人に間違われた日本人も居た。
戦後アカが主導になってでっち上げの人数を6000人とか捏造してデマでころされたと言い回った。
本当はアカと朝鮮 人が結託してテロ行為を起した事実を知られるとまずいから。
苦し紛れにデマ説を必しで流した某学者は日本の社会・共産主義の土台を作った一員でも有った(しかしそのアカの学者でさえ、実際に朝鮮 人の暴動破壊行為が合った事を大筋認めている)つまり、隠蔽工作である。
朝鮮 人が暴動を起していたという証言は多数でありリアリティが有り、当時の新聞はそれを伝えているが、当時の内務大臣、後藤新平が
「朝鮮 人の暴動が有った事は事実だが、自警団による自衛行為はやめさせてこの混乱を収拾させるべきだ」と考え、
風評の打ち消しに徹した。→それが所謂デマ説の正体。
「それではアカ朝鮮 人から市民の安全を保証出来ない」
と読売の正力氏は後藤大の決定に怒り、反発して、9月末に地方へ転勤願いを提出した。
後藤新平は社会主義者と交友が有り、社会主義への知己も持っていた(後藤は右翼とも関係が有り、いわば両刀使いだった)が、一連の暴動をきっかけに、これではまずいと、治安維持法が制定され、社会共産主義者への弾圧へと、政府は政策を見直し、遂行して行った。
これが大筋の事実です。
朝鮮 人の暴動から自衛の為に戦ったという事が歴史の真実です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1426289464
要は自業自得!
朝鮮 人は日本を批判する前に自分達が迷惑ばっかり
かけていた犯罪民族だという現実を自覚しなさい!