ハワイ王国の滅亡史です。
ハワイ王国の王が開国間もない日本を訪問し、ある提案をしました。明治14年(1881年)のことです。
- カラカウア王の姪で、王位継承者のカイウラニ王女と、山階宮定麿親王(後の東伏見宮依仁親王)との縁組。
- 日本・ハワイの合邦(連邦)。
- 日本・ハワイ間の海底電線(ケーブル)敷設。
- 日本主導による「アジア連邦」の実現。
ちなみに、日本の外交史における、外国の元首が日本を公式訪問したのは、ハワイ王国の国王訪問が最初です。
この国王の合邦提案は、イギリスが
23.カラカウア王の提案〜幻に終わった日本・ハワイ連邦構¥想イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドと言う四つの国が一つの国王の下に合併していたことと同じ形態を望んでいたのです。結果的に明治天皇が丁重に断った為に、カラカウア王の提案は実現しませんでした。
そして、カラカウア王来日の僅か12年後、地球上から「ハワイ王国」と言う国家は消え去ってしまったのです。
それは、カラカウア王が危惧した通りにシナリオが進んだのです。
日本来日から10年後の明治24(1891)年、カラカウア王はこの世を去りました。
王位を継承したのは、妹のリリウオカラニ王女でした。
しかし、幕末日本同様なアメリカによる黒船の「砲艦外交」と、ハワイ奪取(アメリカ併合)計画によって、当時のハワイ最高裁判事サンフォード・ドールら在ハワイ米国人達が、女王を拘束、王制打倒クーデターを決行したのです。
ハワイ軍や王族・国民達は徹底抗戦の構¥えを示し、女王奪還を企図しましたが、「無駄な血を流させたくない・・・」と言う女王が、退位を決意し、明治26(1893)年、ハワイ王国は滅亡しました。
その後、サンフォード・ドールを大統領とする「ハワイ共和国」が誕生しますが、これは「共和国」とは名ばかりの在ハワイ米国人による独裁国家で、最終目的はハワイのアメリカへの併合でした。
ちなみに、「裏切り者」サンフォード・ドールの弟、ジェームス・ドールが、あのアメリカの大手ジュースメーカー「ドール社」の創業者です。
そして、サンフォード・ドールらが目論んだ通りに、明治31年(1898年)、ハワイはアメリカに併合されてしまったのです。
なお、この1898年には同じ太平洋の島国フィリピンはアメリカの植民地になっています。
米西戦争(アメリカースペイン)でスペインから独立したフィリピンも翌年のパリ条約でアメリカの統治権が確立したのです。
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