真央とタラソワの愛の絆 世界を感動させたソチ五輪フリーの秘話
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ソチ五輪のフリーで迫真の演技を披露する浅田真央(大里直也撮影)
現役を引退した浅田真央選手(中京大)は日本だけでなく、世界中のフィギュアスケートファンに愛された。海外メディアも一斉に引退を報じ、AP通信は本人が最も印象に残っている演技に挙げた2014年のソチ五輪のフリーについて「メダルは勝ち取れなかったが、多くの人の記憶に残るパフォーマンスだった」と表現した。ラフマニノフの名曲に乗って見事に跳んだトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)と、終了後に感極まって流した浅田の涙は世界中の人々を感動させた。(佐々木正明)
「小鳩」のロシア語に込めた思い
「私の小鳩よ。頑張るのよ。頑張るのよ」
2014年2月、ロシア南部ソチで行われたフィギュアスケート女子フリー。五輪会場のリンクに登場したまな弟子の姿に、地元テレビ局の実況席にいたフィギュアスケートコーチ、タチアナ・タラソワは、絞り出すような声で呼びかけた。
「小鳩」はロシア語で両手で包みたくなるような「いとおしい女の子」を意味する。この表現に、浅田に対するタラソワの思いが全て凝縮されていた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、浅田と一緒に選んだ曲目だった。2人の絆は、コーチと選手の間柄で臨んだ前回大会にまでさかのぼる。タラソワ自身、日いづる国に現れた天才少女のことは、10年以上前から知っていた。
浅田が銀メダルを獲得した10年のバンクーバー五輪ではコーチを務め、ソチでは、このフリーの演技の振り付け役となった。ロシアフィギュアスケート界の重鎮が、自国初の冬季五輪で、直接の師弟関係にない外国人選手に関わることには物議があった。
しかし、タラソワは前年夏に直接、頼みに訪れた「真央の真摯(しんし)な気持ちを断ることはできなかった」という。
SPでは16位。まさかのジャンプの失敗にタラソワは言葉を失った。
浅田がこの4年間、つらい練習に耐え、どれだけソチ五輪にかけてきたかを知っているからだ。演技直前、タラソワは静かにつぶやいた。
「力を奮い起こしなさい。私のかわいい真央、さあ、行くのよ。真央…」
演技の冒頭、真央が代名詞のトリプルアクセルを見事に決め、次々にジャンプをこなすと、タラソワの声は一気に明るくなった。自らが教えた世界最高峰の舞いを、氷上の浅田は余すところなく体現していた。
ラフマニノフの旋律と2人の涙
タラソワはいつの間にか席から立ち上がっていた。ただ拍手していた。エンディング。大粒の涙を流す浅田を前に、「辛くて見てられないわ」と一緒に泣いた。
けなげに会場に笑顔を振りまく浅田に、次から次へ感謝の気持ちが口をついて出てきた。
「真央。本当にありがとう。よくここまで仕上げたわね。あなたは素晴らしいスケーターよ。自分に打ち勝ったの」
そうして、2人の2度目の五輪は終わった。ラフマニノフの旋律と4分間の華麗なドラマを、世界中のファンの記憶に刻んだ。
忘れられぬエピソードがまだある。
浅田の卓越した演技と熱心な練習への姿勢は、フィギュア王国のロシアのスケーターにも大きな影響を与えていた。
ソチ五輪の女王となった地元ロシアのアデリナ・ソトニコワとコーチのエレーナ・ブヤノバが競技から一夜明け、200人以上の記者が集まったメディアセンターで会見を開いた。浅田の演技についてどう思うかを2人に聞いた。
まず答えたのはブヤノバだった。ブヤノバはタラソワから薫陶を受けた弟子でもある。
「私たちと真央の関係はもう長いのよ。私たちの間には友情の結びつきがあって、真央はね、よくアデリナを彼女のショーに招待してくれた」
「私が言えるのは、真央ほど練習に取り組むスケーターは見たたことがないと言うこと。彼女は本当に休暇を取ることなく滑るのよ。ロシアの選手でそんなことができる選手はいない」
「真央には心理的なプレッシャーがあった」
「今回、起こったこと(優勝を逃したこと)は国民的な悲劇だったと思う。なぜなら日本人は彼女のことを愛しているから。彼女はヒロインよね。私たちは、エキシビションのときに、いかに日本人が真央を好きなのかということを見てきた。でもこんなことが起こってしまった」
「彼女はソチ五輪を長いこと待ってきたの。恐らく心理的なプレッシャーがあったのね。重荷だったのね。誰でも耐えられることではないのよ。それでも、彼女はラフマニノフのフリーをよく演じきった。素晴らしい演技でした。彼女が偉大なスケーターであることを示してくれた」
司会者がこれで十分だと思って、次の質問に行こうとした。しかし、ソトニコワが「私も答える」と司会者に目配せして、マイクを握った。金メダリストから発せられた感動的な言葉だった。
「私は真央を心から尊敬している。私にとって真央は模範でした。真央は我慢強くて、彼女が背負ってきた困難を乗り越えることができる人。私は真央と一緒の場にいることができて幸せでした。なぜなら、真央が卓越した人だったから」
タラソワは50年以上もリンクに立ち、ロシアのフィギュアスケートの発展を支えてきた。タラソワの情熱なくして、フィギュア王国の成り立ちはあり得なかった。
そのタラソワにして、「男子のような演技をする真央は、私のスケートの概念を変えてくれた」と語らせた。
タラソワから浅田へ。そして、浅田から次の世代へ。フィギュアスケートの情熱はまた継承されていき、そのドラマは再び世界中の人々の心を打つのである。
世界中から相手にされない女w
