元寇モデルの誕生―¥―¥「金正日後」の日韓(2009/3/9)
中国の台頭とともに日本人の韓国観が微妙に変わり始めた。朝鮮半島専門家の一部は「韓国は中国に身を寄せ、日本に敵対的になるだろう。距離を置くべきだ」と警戒する。一方で「そうならないように韓国を味方につけておく必要がある」との反論もある。こうした議論は、今は理念論争に見える。だが、いずれ現実の選択肢となるだろう。ことに、北朝鮮が揺らぎ、半島の構¥図が激変する際には。
統一韓国の立ち位置
前回のコラムで、10年ほど前まで中国のアジア専門家は日本人に会うごとに「朝鮮半島の現状維持こそが日中両国の利益」と強調していたと書いた(「新・行文知照?―¥―¥『金日正後』の米中」=2009年2月23日参照)。
これに対し、日本のアジア専門家の中には「半島が統一されても日本は別段、困らない」とはっきりと答える人もいた。統一されるならそれは韓国主導であり、米国・日本側にとっては「自分たちの勢力圏」が広がることを意味する。答えには「困るのは中国だけではないのか」との揶揄がこめられていた。
もっとも、最近は中国人が統一への警戒感を見せなくなった。韓国主導で統一しても「統一韓国」はむしろ中国に寄ることになる、との自信からだろう。中国人から半島に関する議論は持ちかけられなくなった日本人は、返答する必要もなくなった。
その代わりに日本人の専門家同士は「もし、統一したら韓国の立ち位置はどうなるのだろう」という議論を交わすようになった。もちろん、「統一韓国は中国の強い影響下に入り、日本や米国の潜在的な敵国にならないか」との懸念からである。
韓国の知識人に日本人の内輪話を明かし「統一韓国はどう出るか」と聞くとほとんどの人が「経済的には中国に寄っても、安全保障面では米国の核の傘の下に居続ける」と答える。
中韓両国の歴史を考えれば、本当に韓国がそうできるかは分からない。ただ、中国への恐れが強まり、しかしまだ、国境を接していない現時点での「希望」はそうなのだろう。
日中両てんびん
半面、対日姿勢に関しては韓国人の答えは分かれる。「強大化する中国に対し韓国は日本とともに対抗すべきだと考える」という人もいる。逆に、「日中韓の三国関係に絞れば、外交的には日本より中国に近くなるだろう」と答える人もいる。
韓国人にとって「日本とともに中国に対抗する」という構¥想以上に、「中国の権威を借りて日本を見返す」という夢は、より安心感があり、また、心踊るものなのだろう。実際、韓国の大統領が、公開の席で紳士は使わない言葉を使って日本をののしったのは、中国の威を背にした時だった。
1995年11月14日、金泳三大統領(当時)は歴史問題に関連し「今度こそ、悪ガキ(注)の性根を必ず叩き直す」と記者会見で語った。江沢民主席(同)が中国の国家元首として韓国を初訪問し同大統領と会談した直後のことで、発言時には、すぐ横に江沢民主席が立っていた。
ただ、「中国に寄る」という答えには「日中を天秤にかけ双方から利益を得よう」という意図からの回答も含まれるので、日本人の前ではそう答え、中国人の前では反対を答えている人もいるだろう。
例えば、通貨危機から脱出するためのスワップ協定に関連し、韓国の識者の一部は「『中国が韓国への影響力を強める』という日本の警戒感を利用すれば、日本からもカネを出させることができる」と主張したことがある。
韓国の識者の中には「韓国が政治的に中国の影響力をより受けるようになれば、中国への反発から心情的には日本に寄るだろう」と予¥測する人もいる。韓国人の心情は複雑だ。
「韓国は元寇の被害者」
すでに、各論では日韓関係に中国の影が差す。
液晶分野では日本と韓国にまたがる産業クラスターが生まれた。完成品で世界市場の約4割を握るサムスン電子、LG電子など韓国企業。これら韓国企業に部品を供給する日本の部品メーカー。こうした新しい産業構¥造を背景に、韓国政府は対日貿易赤字の解消策として、日本の部品メーカーの韓国への工場進出を強く求める。すでに一部企業は韓国工場の操業を開始している。
しかし、もし、サムスン電子など韓国の有力企業の大株主が中国資本となれば、韓国を通じた中国への技術流出を恐れる日本は、日韓にまたがる産業クラスターに及び腰となるかもしれない。
韓国の通貨価値と株価が急速に下がった今、IT技術が欲しい中国にとって韓国の優良企業は極めて「お買い得」である。12年前の経済危機のあと、韓国の優良企業や銀行の多くで、米国資本が筆頭株主に躍り出た。今回の危機で経営が一気に悪化した米国資本が、その株式を手放さないとも限らない。
竹島の領有権問題でも、韓国に対する中国の影響力が強まると判断すれば、日本の対韓姿勢は強硬な方向に動くかもしれない。中国の力を背景に韓国は日韓両国間の紛争の種になってきた、あるいは今後なりそうな水産資源や海底資源の権利を、より強く主張するようになるかもしれないと日本は考えるからだ。
興味深いことに、こうした「各論」を韓国人に語っても反応はまず、ない。 日本人と比べ、先のことはさほど心配しない国民性もあるのだろう。しかし、本質的には、中国の自らに対する「支配」を恐れるあまり、それが日本に及ぼす玉突き効果には考えが及ばない、ということだろう。
これは、元寇を論じる際の韓国人の反応と実に似ている。日本人にとって当時の高麗は軍船製造を担当したうえ、自分の兵も日本に送った「元のお先棒担ぎ」である。だが、韓国人には「高麗は元に強要され日本に兵を送らされた被害者である」との意識が強い。「日本が元に素直に服属しなかったため韓国が甚だしい迷惑を被った」と日本責任論を展開する人さえいる。これを聞いた日本人は井上靖の小説「風濤」を思い出したりする。
新・自由民権論者
韓国警戒論とは対照的に「韓国との良好な関係を維持することで、今後、より激しくなるであろう中国の横車を抑えよう」と主張する日本人もまだ残る。
だが、実務家の間では、例えば日本の役人の世界では「日韓同盟論」に悲観的な人が増える。各省庁はそれぞれ「日中韓三国対話」を始めている。通商や環境など幅広い分野で北東アジア共通の課題を話し合う必要が高まったからだ。が、「案に相違して二国間対話にしかならない」とこぼす役人が目立つ。
利害関係から言えば、先進国である日韓の立場が一致し、中国と対立する構¥図になることが多い。しかし、韓国側は中国に嫌われることを極度に恐れ、自らは一切主張せず、論争や駆け引きは日本任せにすることがしばしばという。この結果、中国側も韓国を露骨に無視するようになって「日中対話に終わってしまう」という。こうした数多くの実例から言って、日韓同盟などは夢物語、というわけだ。
これに対し、同盟論を唱える半島専門家はこう反論する。
「日本と比べ、韓国が中国に強く出にくいのは当然だ。ただ、韓国人の中には『今後は高麗にならない』と決意する人もわずかだがいる。そうである以上は、彼らとの連帯の道を探るべきだ」。
こうした人に会うと、日本の自由民権運動家が、中国からの独立を目指す韓国の開明派と手を組もうとして摘発された大阪事件(1885年)をつい、思い出してしまう。
南北並立時代が続けば
「金正日後」の朝鮮半島に関する日本の議論には、もうひとつの条件設定が要るだろう。「北朝鮮の現在の体制が崩れた後、韓国による統一は実現せず、南北が並立する時代が続く」場合である。
莫大な経済的負担と、中国と直接に領土を接する恐ろしさから、北朝鮮の現政権が消滅後も統一は先送りしたいと願う韓国人が増えた。ほんの10年前までなら「統一は民族の悲願」という建前から、そうは言いにくい雰囲気が韓国社会にはあった。しかし、金大中、盧武鉉の両政権下で「民族和解の名分を掲げての統一先送り」が韓国社会の暗黙の合意となった(「統一に背を向ける韓国―¥―¥恐中論が加速」=2007年2月14日参照)。
「新たな南北並立時代の始まり」という仮説に対し、韓国の現代の独立派、多くは保守派と呼ばれるのだが、彼らと手を組もう、という日本人のシナリオ作りは簡単だ。そもそも、保守派には最近の世論に抗し、早期統一を目指す人が多い。そこで、日韓同盟派は言う。
「韓国で保守派が力を持てば、早期統一に踏み切る。さらに、自由と民主主義を理念とする保守派が率いる統一韓国は、中国に飲み込まれぬよう意を尽くすだろう。彼らとともに東北アジアに自由の輪を広げるべきだ」。
一方、「どうせ、半島は中国の言いなりになるから」と、今から韓国と距離を置こうとする人たちにとっては、「新・南北並立時代」が到来した際に金正日後の北朝鮮とどう関係を持つか、という別の考察が要るだろう。拉致問題と核問題の完全解決は当然として、その後、新・北朝鮮が中国に完全に取り込まれないようにするにはどうすべきか、戦略と戦術を練る必要があるからだ。
例えば、中国が新・北朝鮮の日本海側に軍港を持とうとした際、それを喜ぶ日本人はいないだろう。すでに、中国と北朝鮮は軍港ではないにしろ、「商港」の50年間の租借契約を結んだ、という情報もある(『南北』に影落とす『米中』=2007年8月24日参照)。
北朝鮮問題は拉致と核だけに終わらない。歴史的にも、日本にとって半島問題とはいつも中国問題なのだ。
(注)金泳三元大統領は「ポルジャンモリ」という言葉を使った。目上の人間が目下の人間を罵倒する際に使う言葉で、韓国語に比べ罵倒語の語彙の少ない日本語には完全に同じニュアンスの単語はない。
(終わり)
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/suzuoki/20090304n5c34000_04.html