1953年の目撃例
李ライン翌年竹島にニホンアシカ多数生息(山陰中央日報)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=374380006
ニホンアシカは竹島周辺に繁殖し、戦前は隠岐島の漁師らが漁をしていたが、現在は絶滅状態。韓国側は戦前の日本による乱獲が原因と主張している。
岩滝さんは、ライン設定後の竹島に韓国漁民らしい者がいたという県の試験船からの情報を受け、事実確認のため五三年六月二十四日、学校の実習船に乗り込み、同僚ら十三人で渡航した。
聞き取りに対し、岩滝さんは、島へ接岸すると、竹島の北西九十二キロにある韓国・鬱陵島からワカメやアワビ採取のため渡航し、夏から秋にかけて滞在するという三人の韓国漁民に会ったと説明。
韓国漁民たちは、漁獲物の運搬でやってくる仲間の船がしけで来ず、食料が乏しいというので、持参した米とタバコを差し出すと大変喜び、「捕まえたアシカを料理してごちそうすると話した」という。
岩滝さんは食べた記憶はないが、島の周辺でアシカを「十-二十頭くらい見た」と振り返った。
研究の一環として聞き取り調査した杉原顧問は「戦前、隠岐の漁民は計画性を持ってニホンアシカを捕獲していた。韓国側は日本の乱獲が絶滅の原因というが、証言を聞く限り、乱獲したのはむしろ韓国の方だ」と韓国側の主張に反論した。
李承晩ラインをはさんでは、設定直前の五一年十一月に境高校水産科(現・境港総合技術高校)の教諭らが竹島へ渡航しており、当時の様子をつづった日誌を、松江市殿町の竹島資料室に展示している。