朝日新聞「訂正・おわび」記事 抗議があったら訂正する姿勢 (1/3ページ)
2017.05.17
プッシュ通知 〈当社は、読者の信頼を取り戻すための第一歩として、訂正記事の書き方を変えます〉〈必要に応じて間違えた理由などを丁寧に説明します〉--2014年12月9日、朝日新聞は朝刊紙面でそう宣言した。
2014年といえば、「慰安婦」、「吉田調書」の記事取り消しや訂正、謝罪に追われた年である。翌2015年4月からは「訂正・おわび」を社会面に集約。2段抜きの見出しで掲載するようになった。そうした取り組みの“成果”として、訂正・おわびの件数が月平均27件と、以前の倍以上に増えた(2014年10月から2015年6月まで)。
現在も数多くの訂正記事が出ている。〈「間違った記事は速やかに訂正する」姿勢を社内で徹底した結果〉(同紙2015年8月22日付朝刊より)だと朝日は言う。しかし、「羹に懲りて膾を吹く」ような訂正も少なくない。それらの訂正記事を作家・比較文学者の小谷野敦氏が分析する。
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かつて、『日本売春史』(新潮社)という私の著書の書評が朝日新聞に掲載されたことがある。その内容に誤りがあったので、朝日に対応を求めた。詳細は後述するが、書評は朝日のウェブサイト上に今も掲載されており、誤りは訂正も削除もされないままだ。
長く、朝日をはじめとする新聞記事の誤りに注目してきたが、最近の朝日の「訂正・おわび」記事を検証すると、目を引くものがいくつかある。
たとえば、戦後70年の「安倍談話」作成に向けて行われた「有識者懇談会」の議論を報じた記事(2015年3月14日付朝刊)で朝日は、〈北岡氏「侵略戦争」〉の見出しで、出席者の北岡伸一が先の大戦について、〈「侵略戦争であった」との認識を示した〉と書いた。
だがその翌日、次のように訂正した。
〈見出しのほか、本文中に北岡伸一・国際大学長が先の大戦について示した認識が「侵略戦争であった」とある部分は、「歴史学的には侵略だ」の誤りでした。懇談会の終了後、記者団の取材に応じた北岡氏は先の大戦について「私はもちろん侵略だと思っている。歴史学的には」と答えていましたが、「侵略戦争」という表現は用いていませんでした〉(2015年3月15日付朝刊)
「歴史学的な侵略」と「侵略戦争」は私には同じことに思える。実に微妙な訂正である。朝日は「侵略戦争」という4文字をアピールしたかったが、北岡の抗議で“やむなく訂正した感”がありありだ。戦後70年以上経つのにまだこんなバカバカしいやり取りをするのは、その後の日本が平和ボケだからである。
大ヒットした「妖怪ウォッチ」を取り上げた記事(2014年12月17日付朝刊)では、ブームを生んだゲーム会社レベルファイブに取材を申し込んだが、〈すべての取材は今はお断り〉として、取材拒否されたことを伝えた。
だがその翌日にはこんな訂正が出た。
〈「すべての取材は今はお断り」とあるのは「ほとんどの取材は今はお断り」の誤りでした〉(2014年12月18日付朝刊)
「すべて」と「ほとんど」の差はどこにあるのか。どんな取材なら断らないのかを読者は知りたいが、そこには触れられない。こうした訂正から透けて見えるのは、「抗議があったら訂正する」という朝日の姿勢である。
ならば一言申したい。私が2007年に書いた『日本売春史』について、作家の唐沢俊一が書いた書評がかつて朝日に掲載された(2007年11月4日付朝刊)。その中に〈女性が自分の性を売る自由を認めようという在野の風俗研究家・松沢呉一氏の論も一刀両断である〉との一文があるが、私の本にそんな内容はなく、明らかな事実誤認であり、“読まずに書評を書いたんじゃないか”と思えるほどだ。
紙面だけならまだしも朝日新聞デジタルという半永久的に残るウェブ版にも掲載されたので、朝日新聞デジタルの「お問い合わせ」から苦情を送ると、3週間経ってこんな返事が来た。
〈書評は、評者である唐沢俊一さんがご自身の見解に基づいて書かれたものです。論評として問題のある表現ではないと判断して、掲載いたしました。ご理解を賜れば幸いです〉
問題のあるなしではなく、事実ではないと指摘しているのに、木で鼻をくくったような対応である。その後、書評の削除を求めて朝日に内容証明を送ったが、いまだに無視されている。取材先からの抗議で簡単に訂正を出すなら、私の記事もすぐ削除してほしいものだ。
【PROFILE】こやの・あつし/1962年生まれ。作家、比較文学者、学術博士(東京大学)。著書に『芥川賞の偏差値』(二見書房)など。『聖母のいない国』(河出文庫)でサントリー学芸賞。
※SAPIO2017年6月号