[全文]文大統領、8・15祝辞
デジタルイシューチーム
入力:2017.08.15 11:03
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2017/08/15/2017081500644.html
尊敬する国民の皆様、独立有功者と遺族皆さん、海外にいらっしゃった同胞皆さん、
キャンドル革命で国民主権の時代が開かれて最初合う光復節です。
今日、その意味が格別に深く近づきます。
国民主権はこの時代を生きる私たちが初めて使った話ではありません。
百年前である1917年7月、独立活動家14人が上海で発表した‘大同団結宣言’は国民主権を独立運動の理念で明らかにしました。
庚戌国辱は国権を喪失した日でなくかえって国民主権が発生した日だと宣言して、国民主権に立った臨時政府樹立を唱えました。
ついに1919年3月、理念と階級と地域を超越した全民族的抗日独立運動を経て、この宣言は大韓民国臨時政府を樹立する基盤になりました。
国民主権は臨時政府樹立を通した大韓民国建国の理念になったし、今日私たちはその精神を継承しています。
そんなに国民が主人である国を建てようとする先代の念願は百年の時間を受け継いできたし、いよいよロウソクのあかりを入った国民の実践になりました。
光復(解放)は与えられたのではなかったです。
名前と文字まで全てのものを奪われても自由と独立の熱望を守った3000万が取り戻したのです。
民族の自主独立に生を捧げた烈士は言うまでもありません。
独立運動のために離れる子供の服を気勢お母さんも、日帝の目を避けて夜学で母国語を教えた先生も、私たちの伝統を守ってこづかいを加えた方々も、皆が光復(解放)を作った主人公です。
光復(解放)は抗日義兵から光復軍まで愛国烈士の犠牲と献身が流した血の代価でした。
職業も、性別も、年齢の区分もなかったです。
義烈団員でありモンゴルの伝染病を根絶させた医師イ・テジュン先生、間島惨事取材中失踪した東亜日報記者チャン・トクチュン先生、武装独立団体互いに軍情緒で活躍した独立軍のお母さんナム・ジャヒョン女史、科学で民族の力を育てようと思った科学者キム・ヨングァン先生、独立軍決死隊団員だった映画監督ナ・ウンギュ先生、私たちにはあまりにも多くの独立活動家がいました。
独立運動の舞台も韓半島だけでありませんでした。
1919年3月1日沿海州と満州、アメリカとアジアあちこちでも同じ言葉で大韓独立の叫び声が鳴り響きました。
抗日独立運動のこのすべての光る場面が去年の冬全国津々浦々で、そして私たちの同胞がある世界あちこちで、ロウソクのあかりで生き返りました。
私たちの国民が高く上げたロウソクのあかりは独立運動精神の継承です。
偉大な独立運動の精神は民主化と経済発展によみがえって今日の大韓民国を作りました。
その過程で犠牲にして汗流したすべての方、その一くやしい方皆が今日が国を建てた貢献者です。
今日私は独立有功者と遺族皆さん、そして各々の抗日で暗黒の時代を勝ち抜いたすべての方に、また、ロウソクのあかりで新しい時代を開いてくれられた国民に、今一度深い尊敬と感謝の言葉を差し上げます。
合わせて私は今日私たちが記念するこの日が民族と国の前に近づいた困難と危機に対抗する容器と知恵を再確認する日になることを希望します。
尊敬する独立有功者と遺族皆さん、
慶北(キョンブク)、安東(アンドン)に臨清閣という由緒深い家があります。
臨清閣は日帝強制占領期間前加算(家産?)を処分して満州に亡命して新興武官学校をたてて、武装独立運動の土台を作った石柱李相龍先生の本家です。
何と九分の独立闘士を排出した独立運動の産室で、大韓民国ノーブレス オブルリジェを象徴する空間です。
それに対する報復で日帝はその家を貫くように鉄道を置きました。
九十九間大邸宅だったイム聴覚は今でも半分の断片が私はその姿そのままです。
イ・サンリョン先生の孫、孫娘は解放後大韓民国で孤児院生活をしたりもしました。
臨清閣の姿がすぐに私たちが振り返ってみなければならない大韓民国の現実です
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日帝と親日の残滓をまともに清算できなかったし、民族の精気を正しく立て直すことができませんでした。
歴史を失えば根元を失うのです。
独立活動家をこれ以上忘れられた英雄で残してはいけません。
名誉だけの報勲に留まることもやめなければなりません。
独立運動をすれば3代が滅びるという言葉が消えなければなりません。
親日反逆者と独立活動家の境遇が解放後にも変わらなかったとの経験が不正との妥協を正当化する歪曲された価値観を作りました。
独立活動家を迎える国家の姿勢を完全に新しくします。
最高の尊敬と礼儀で報います。
独立活動家の3代まで優遇して子供と孫全員の生活安定を支援して国家に献身すれば3台まで優遇されるという認識を植えます。
独立運動の功績を子孫が記憶するために臨時政府記念館を建設します。
臨清閣のように独立運動を記憶できる遺跡は全部捜し出します。
忘れられた独立活動家を最後まで発掘して、海外の独立運動遺跡を保全します。
今回の機会に政府は大韓民国報勲の軸を完全に新しくたてようと思います。
大韓民国は国の名前を守って、国を取り戻して、国の呼ぶことに喜んで答えた方々の犠牲と献身上に立っています。
その犠牲と献身にまともに報いる国を作ります。
若さを国に捧げてもう高齢になられた独立有功者と参戦有功者に対する優遇を強化します。
生きておられる間独立有功者と参戦有功者の治療を国家が責任を負います。
参戦名誉手当ても引き上げます。
有功者年配の方最後の1人まで大韓民国の中が暖かくて光栄だったと感じられるようにします。
殉職軍人と警察、消防公務員遺族に対する支援も拡大するでしょう。
それが私たち皆の自負心になることで信じます。
報勲で大韓民国のアイデンティティを明確に確立します。
愛国の出発点が報勲になるようにします。
尊敬する国民の皆様、
過ぎた歴史で国家が国民を守ることができなくて国民が甘受しなければならなかった苦痛とも向き合わなければなりません。
光復(解放)70年が過ぎるように日帝強制占領期間強制動員苦痛が持続しています。
その間強制動員の実状が部分的に明らかになったがまだその被害の規模がみなあらわれなかったです。
明らかになった事実はそれなり解いていって、不十分な部分は政府と民間が協力して、まで解決しなければなりません。
今後南北関係が解ければ南北が共同で強制動員被害実態調査をするのも検討するでしょう。
解放後にも帰ってこられない同胞が多いです。
在日同胞の場合、国籍を問わず人道主義的次元で故郷訪問を正常化するでしょう。
今でもシベリアとサハリンなどあちこちに強制移住と動員が残した傷が残っています。
その方とも同胞の情を共に分けます。
尊敬する国民の皆様、独立有功者と遺族皆さん、海外同胞皆さん、
今日光復節をむかえて韓半島を囲んで続く軍事的緊張の高潮が私たちの心を重くします。
分断は冷戦の隙間の中で私たちの力で私たちの運命を決定できなかった植民地時代が残した不幸な遺産です。
しかしもう私たちは自ら私たちの運命を決定できる程国力が大きくなりました。
韓半島の平和も、分断克服も、私たちが私たちの力で作っていかなければなりません。
今日韓半島の時代的天の指図はとやかく言う必要がなく平和です。
韓半島平和定着を通した分断克服こそ光復(解放)を本当に完成するところです。
平和はまた、当面の私たちの生存戦略です。
安保も、経済も、成長も、繁栄も平和なしでは未来を担保できません。
平和は私たちだけの問題でないです。
韓半島に平和がなければ東北アジアに平和がなくて、東北アジアに平和がなければ世界の平和がこわれます。
今世界は恐れの中でその明らかな真実を目撃しています。
もう私たちが行かなければならない道は明確です。
全世界とともに韓半島と東北アジアの恒久的平和体制構築の大長征を始めるのです。
今当面の最も大きい挑戦は北朝鮮の核とミサイルです。
政府は現在の安保状況を非常に厳重に認識しています。
政府は堅固な韓米同盟をベースにアメリカと緊密に協力して安保危機を打開するでしょう。
しかし私たちの安保を同盟国にだけ依存することはできません。
韓半島問題は私たちが主導的に解決しなければなりません。
政府の原則は確かです。
大韓民国の国益が最優先で定義です。
韓半島で再び戦争はなりません。
韓半島での軍事の行動は大韓民国だけが決定できて、誰も大韓民国の同意なしで軍事の行動を決定できません。
政府はすべてを賭けて戦争だけは防ぐでしょう。
どんな迂余曲折を体験しても北朝鮮の核問題は必ず平和的に解決しなければなりません。
この点で私たちとアメリカ政府の立場が違いません。
政府は国際社会で平和的解決原則が揺れないように外交的努力を一層強化するでしょう。
国防力が後押しされる堅固な平和のためにわが軍をさらに強く、さらに頼もしく見えるように革新して強い防衛力を構築するでしょう。
一方で南北間軍事的緊張が状況をさらに悪化させないように軍事的対話の門も開けておくでしょう。
北朝鮮に対する制裁と対話は先後の問題でないです。
北朝鮮の核問題の歴史は制裁と対話が共に行く時問題解決の端緒が開かれたことを見せました。
北朝鮮がミサイル発射試験を猶予したり核実験中断を明らかにした時期は例外なしで南北関係が良い時期だったということを記憶しなければなりません。
そうする時北朝鮮・米、北朝鮮・日本間対話も促進されたし、東北アジア多者外交も活発でした。
私が機会があるたびに韓半島問題の主人は私たちだとある理由もここにあります。
北朝鮮の核問題解決は核凍結から始まらなければなりません。
少なくとも北朝鮮が追加的な核とミサイル挑発を中断してこそ対話の条件が取りそろうことができます。
北朝鮮に対する強力な制裁と圧迫の目的も北朝鮮を対話に引き出すためのものであって軍事的緊張を高めるためのものではありません。
この点でも私たちとアメリカ政府の立場が違いません。
北朝鮮当局に促します。
国際的な協力と共生なしで経済発展を成し遂げるのは不可能です。
このまま行くならば北朝鮮には国際的孤立と暗い未来があるだけです。
数多くの住民たちの生存と韓半島全体を困難に抜かすことになります。
私たち、また望まなくても北朝鮮に対する制裁と圧迫を一層高めていかないわけにはいきません。
直ちに挑発を中断して対話の場に出てきて核なくとも北朝鮮の安保を心配できないことがある状況を作らなければなりません。
私たちが助けて作り出します。
アメリカと周辺国家も助けるでしょう。
もう一度明らかにします。
私たちは北朝鮮の崩壊を望みません。
吸収筒ことを推進することもないことで人為的統一を追求することもないでしょう。
統一は民族共同体のすべての構成員が合意する‘平和的、民主的’方式で成り立たなければなりません。
北朝鮮が既存の南北合意の相互履行を約束するならば、私たちは政府が変わっても対北朝鮮政策が変わらないように、国会の議決を経てその合意を制度化するでしょう。
私はかなり以前から‘韓半島新経済紙も’構想を明らかにしたことがあります。
南北間の経済協力と東北アジア経済協力は南北共同の繁栄を持ってきて、軍事的対立を緩和させるでしょう。
経済協力の過程で北朝鮮は核兵器を持たなくても自分たちの安保が保障されるという事実を自然に悟ることになることです。
容易なことから始めることをもう一度北朝鮮に提案します。
離散家族問題のような人道的協力を一日も早く再開しなければなりません。
この方の恨みをはらして差し上げる時間がいくらも残っていなかったです。
離散家族対面と故郷訪問、墓まいりに対する早急な呼応を促します。
近づく平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックも南北が平和の道で一歩進むことができる良い機会です。
平昌(ピョンチャン)オリンピックを平和オリンピックで作らなければなりません。
南北対話の機会にして、韓半島平和の軸を用意しなければなりません。
東北アジア地域でひきつづき開催される2018年平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック、2020年の東京夏季オリンピック、2022年の北京冬季オリンピックは韓半島とともに東北アジアの平和と経済協力を促進できる絶好の機会です。
私は東北アジアのすべての指導者にこの機会を生かせるために額を突き合わせることを提案します。
特に韓国と中国、日本は領域内安保と経済協力を制度化して共同の責任を分ける努力を共にしていかなければならないでしょう。
国民の皆様も同意を集めて下さることをお願いします。
尊敬する国民の皆様、
毎年光復節になれば私たちは韓日関係を振り返ってみないわけにはいきません。
韓日関係ももう両者関係を越えて東北アジアの平和と繁栄のために共に協力する関係に発展していかなければならないでしょう。
過去の歴史と歴史問題が韓日関係の未来指向的な発展を持続的に足首捉えるのは望ましくはありません。
政府は新しい韓日関係の発展のためにシャトル外交を含んだ多様な交流を拡大して行くでしょう。
当面の北核とミサイル威嚇に対する共同対応のためにも両国間の協力を強化しないわけにはいきません。
しかし私たちが韓日関係の未来を重視するといって歴史問題を伏せて通り過ぎることはできません。
かえって歴史問題をまともに結び目作る時両国間の信頼がより一層深くなるでしょう。
その間日本の多くの政治家と知識人が両国間の過去と日本の責任を直視しようとする努力をしてきました。
その努力が韓日関係の未来指向的発展に寄与してきました。
このような歴史認識が日本の国内政治状況によって変わらないようにしなければなりません。
韓日関係の障害物は過去の歴史それ自体でなく歴史問題に対する日本政府の認識の浮沈にあるためです。
日本軍慰安婦と強制徴用など韓日間の歴史問題解決には人類の普遍的価値と国民的合意に期限被害者の名誉回復と補償、真実糾明と再発防止約束という国際社会の原則があります。
わが政府はこの原則を必ず守るでしょう。
日本指導者の勇気ある姿勢が必要です。
尊敬する国民の皆様、独立有功者と遺族皆さん、海外同胞皆さん、
2年後2019年は大韓民国建国と臨時政府樹立100周年をむかえる年です。
来年8.15は政府樹立70周年です。
私たちに真の光復(解放)は、外勢によって分断された民族が一つになるところに進むのです。
私たちに真の報勲は、烈士が建国の理念とした国民主権を実現して国民が主人である国らしい国を作るのです。
今から準備しましょう。
その過程で、治癒と和解、統合に向かって去る一世紀の歴史を決算することも可能でしょう。
国民主権の巨大な流れの前で保守、進歩の区分が無意味だったように私たちの近現代史で産業化と民主化を勢力で分けるのももう跳び越えなければなりません。
私たちは誰でも歴史の遺産の中で生きています。
すべての歴史には光と影があるもので、この点で個人の人生の中に入ってきた時代を産業化と民主化で分けるのは、可能でもなく意味ないことです。
大韓民国19代大統領ムン・ジェインやはりキム・デジュン、ノ・ムヒョンだけでなくイ・スンマン、パク・チョンヒにつながる大韓民国すべての大統領の歴史中にあります。
私は私たちの社会の治癒と和解、統合を望む気持ちで去る韓国殉国烈士の日追悼史で愛国の価値を申し上げたことがあります。
もう去る百年の歴史を決算して、新しい百年のために共同体の価値を再び確立することを始めなければなりません。
政府の新しい政策基調もここに合わされています。
保守や進歩または、政派の見解を越えて新しい100年の準備にみな一緒に参加することを望んではばからないです。
尊敬する国民の皆様、
今日、私たちのみな一緒に宣言しましょう。
私たちの前に数多くの挑戦が押し寄せているけれど新しい変化に適応してかき分けて行くことは私たちの大韓民国国民が世界で 最高だと堂々と叫びましょう。
大胆に、自信ありげに新しい挑戦を迎えましょう。
いつもそうだったように大韓民国の名前で一つになって勝っていきましょう。
国民の国、正しい大韓民国を完成しましょう。
もう一度私たちの底力を確認しましょう。
国のために自身の全てのものを捧げた独立有功者に深い尊敬の心を差し上げます。
いつまでも健康になるのを望みます。
ありがとうございます。