それは1995年から96年。
日本はバブル後の傷を舐めていた一方で、韓国はアジア通貨危機前でこの世の春を謳歌。
韓国政府の統制が効いていて、経済成長の割に住宅価格も抑えられていた韓国人のもっとも幸せな時期である。
一方で朝鮮総督府の建物は解体され、日本の影響力は象徴的にも現実的にも排除されたと韓国人は考えた。
韓国人は文化的にも日本に見習うべきものはないと本気で思っていたのである。
ソウルの街には小金持ちが溢れ、高級外車を乗り回す若造が表れ始めた。
この頃、フジテレビで「korea calling」というレポート番組が放送された。街頭インタビュー主体の番組だったが調子に乗っている韓国人が沢山出てきて、好き勝手なことを言っていたのを覚えている。(再放送して欲しいw)
その後、通貨危機で痛めつけられ、日本の10兆円の融資と、さらに同額の未来の債務に対する保証で何とか国を永らえた韓国人は、この事実に目を瞑り、日本を憎み、「日本を抜いたと思う」ことが目標になったのである。