北朝鮮の平昌冬季オリンピック参加に向けた南北接触と交流が盛んだ。韓国政府は、南にやって来た北朝鮮関係者を手厚くもてなした。これを見るたび、胸がつぶれそうな思いを抱く人々がいる。韓国海軍の哨戒艦「天安」の遺族も、そうした中の一人だ。
1月9日、イ・ソンウさん(57)は夜のニュースを見て肝をつぶした。この日の南北高官級会談で、韓国統一部(省に相当)の趙明均(チョ・ミョンギュン)長官がほほ笑みを浮かべて握手した北朝鮮側関係者の顔には見覚えがあった。北朝鮮側の首席代表として出席した祖国平和統一委員会の李善権(リ・ソングォン)委員長だった。李委員長は、哨戒艦「天安」撃沈を企画・主導した金英哲(キム・ヨンチョル)元偵察総局長(現在は統一戦線部長)の腹心といわれた人物だ。
韓国海軍の哨戒艦「天安」は2010年3月26日、ペンニョン島近くの海域で警戒任務を遂行中、北朝鮮の魚雷に当たって沈没した。海軍将兵104人のうち40人が死亡し、6人が行方不明になった。イさんの長男、イ・サンヒ下士(伍長に相当)も、このとき命を落とした。満期除隊まであと1カ月だった。
1月17日に会ったイさんは「祖国を守っていた私たちの息子は、北朝鮮のせいで極寒の海の中で死んだ。北朝鮮はいまだに(『天安』撃沈を)認めてもいないし、謝罪もしていないのに、韓国政府はこれについて一言も触れない。逆に、そんな北朝鮮を諸手を上げて歓迎する韓国政府に、果たして平和をうんぬんする資格があるのかと問いたい」と語った。
「天安」遺族は2010年以降、大きな声を上げなかった。選挙シーズンになると「名誉を回復させてあげるので、助けてほしい」とやって来る政治家がいるが、断固として拒絶した。「天安」将兵の名誉を守るためだった。昨年1月から「天安艦46勇士遺族協議会」の会長を務めているイさんは「天安爆沈事件が政治的に変質してしまうのではと、常に気をもんでいた」と語った。しかし平昌冬季オリンピックを前に、このところの北朝鮮に対する韓国政府の低姿勢を見て、多くの遺族が胸を痛めていると語った。イさんが重い口を開いたのも、そのためだ。イさんは「李善権氏は、11年2月に開かれた軍事実務会談で『天安事件は徹底してわれわれ(北朝鮮)と無関係』と主張していた人物。韓国の閣僚が、そんな人物の手を握って笑えるのか」と語った。
天安事件の直後、当時の韓国政府は、開城工業団地の稼働中断など「5・24北朝鮮制裁措置」を発表した。韓国政府は現在に至るまで、爆沈事件への関与を認めることや謝罪はおろか、追加挑発はしないという約束すら北朝鮮側から引き出せずにいる。ところが最近、5・24措置を韓国自ら解除しようとする兆しが見られる。イさんは「天安遺族の胸がまたもつぶれてしまう。子どもたちの名誉のために沈黙を守ってきたのが本当にいいことだったのか、後悔することもある」「私たち天安遺族は、誰よりも南北関係の改善を願っている。しかし、かつての北朝鮮の挑発行為に目をつむったまま訪れる平和は持続的なものではあり得ない」と語った。
天安遺族は最近、韓国政府の態度も変わったと感じている。イさんは「昨年6月に大田の国立顕忠院で開かれた顕忠日の行事で、天安遺族のための指定席は用意されていなかった。初めてのことだった」と語った。遺族は、散らばって一般席に座ったり、行事の間ずっと立っていたりしなければならなかった。順番に名前を呼んでいた献花者のリストからも、天安遺族は除外されたという。顕忠日の行事を総括する大田市の関係者は「(天安遺族をないがしろにした問題について)初めて知った。特別な理由があってそうしたのではないのだろう」と釈明した。
昨年9月28日、「国軍の日」の行事が初めて京畿道平沢にある韓国海軍第2艦隊で開かれた。当時、韓国大統領府(青瓦台)は「(行事の場所として)第2艦隊司令部を選んだのは、哨戒艦『天安』や延坪海戦など、第2艦隊が有する象徴性を反映したもの」と説明した。しかし文在寅(ムン・ジェイン)大統領の記念のあいさつに、天安についての言及はなかった。イさんは「遺族の立場からすると、韓国政府が天安事件からなんとか目を背けようとしている、という印象を拭い切れない。私たちが望むのは、国の呼び掛けを受けて入隊した青年たちの犠牲を、国家と国民が忘れることなく記憶してくれること、それだけ」と語った。