大新聞・朝日は一体、どうしたのか “弱者”の声に過剰反応、司法訴え言論で勝負せず
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180131/soc1801310005-n1.html
朝日新聞は昨年末、『徹底検証「森友・加計事件」-朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』で名誉を傷つけられたとして、著者で文芸評論家の小川榮太郎氏と、発行元の飛鳥新社を東京地裁に提訴した。
天下の大新聞が、こう言っては悪いが一介の物書きと、朝日新聞から見れば零細企業に過ぎない出版社を訴えたことに驚いた。賠償請求額が5000万円というケタ外れぶりにもびっくりした。
これで、朝日新聞を批判する言論の一部は確実にしぼむ。勝ち負け以前に、個人の著者や中小出版社には裁判を戦うだけでも大きな負担だ。うっかり朝日新聞を批判して訴えられたらたまらないと、口をつぐむ論客は今後増えるだろう。
こうして、「自主規制の空気一丁上がり」となるのは、朝日新聞がよくいう「多様な言論」に逆行する道ではないか。
疑問を感じた私は、同じ飛鳥新社が発行している『月刊Hanada』(3月号)に、「これは典型的なスラップ訴訟だ」と題する一文を急ぎ寄稿した。詳しくは同誌を購読いただきたい。
スラップ訴訟とは、大企業や公的機関などの「社会的強者」が、個人などの権力を持たない「弱者」を訴え、その言論や活動を封じようとする恫喝(どうかつ)的、威圧的な訴訟を指す。
一体、朝日新聞はどうしてしまったのか。
権力の監視役を自任し、総理のクビもとれる力を持っていた大新聞が、小川氏や飛鳥新社といった「弱者」の声に、なぜこれほど過剰反応するのか。権力と対峙(たいじ)する言論機関である朝日新聞が、なぜ言論で勝負せず、司法という「権力」に助けを求めるような挙に出たのか。
(`・ω・´)それは図星だったからですねw
そのあたりの心理は、今後じっくり解明していきたい。
その前に、小川氏が著書で指摘した中で、昨年の国会審議の大半を費やした「モリカケ騒動」のポイントとなった、一本の記事の真相が、司法の場で明らかにされるかどうかが気にかかる。
昨年5月17日、朝日新聞1面トップを飾った「加計学園の新学部『総理のご意向』 文科省に記録文書」という記事である。記録文書の写真が添えられていたが、一部だけにスポットが当たって周囲が暗く、いかにも「秘密の文書」感たっぷりの演出がされていた。
だが、暗くてよく読めない部分には、「『国家戦略特区諮問会議決定』という形にすれば、総理が議長なので、総理からの指示に見えるのではないか」と、真逆の意味にとれる記述があったのだ。小川氏はこのあたりを著書で指摘している。
仮に、小川氏の指摘が正しければ、いずれ朝日新聞に対し、当該記事が空転させた国会の審議時間や、それに伴って浪費された国費の賠償をという、国民からの訴えが起きてもおかしくないと思うが、いかがか。
(`・ω・´) 朝日新聞はいらない新聞社。