えげつなー!
えげつない大混雑、それでも京都はやはり京都だった
外国人観光客が増えすぎて地元住民の生活に支障も

車道を好き勝手に横断。交通マナーが欠如する京都の外国人観光客(筆者撮影、以下同)
噂に聞いたとおり、京都の街は観光客でごった返していた。3月末のある日の午前10時、京都駅前の清水寺行のバス停には長蛇の列ができていた。「地元の人がバスに乗れない」と聞いていたが、決して誇張ではなかった。
平日にもかかわらず桜の開花シーズンとあってか、四条大橋はさながら“隅田川の花火”状態だ。夜の先斗町では細い路地に外国からの観光客がどっと繰り出し、前にも後ろにも進めない。見えるのは「人の背中」だけ。これが京都の旅のスタイルなのかと諦めて受け入れるしかない。
風光明媚なはずの嵐山でも、視界に入るのは“人間”ばかりだ。特に目立つのは中国人の団体客である。橋長155メートルの渡月橋(とげつきょう)では、声の大きい中国人観光客の行列ができている。橋のたもとは、観光客、人力車、一般車両が入り混じって、大混乱の状態だ。観光客は写真を撮るのに夢中で、背後の車に気づかない。赤信号もおかまいなし、シャッターチャンスとあらば車道に飛び出していく。
「超満員のバス、消えゆく情緒……急増する訪日客に京都苦悩」(2017年6月14日、朝日新聞)
「観光客を分散、混雑緩和を 京都市が対策検討」(2017年6月19日、京都新聞)
京都を訪れる外国人観光客が増えすぎて、対応が追いつかない状況が伝えられている。
京都府を訪れる外国人観光客(宿泊ベース)が約100万人になったのが2010年のこと。筆者が2012年に訪れた際は、まだこれほどの観光客はいなかった。だがその後、外国人観光客は急増し、2015年には一気に300万人台を突破する。
この変化に最も狼狽しているのが地元市民だ。“爆発的”ともいえる観光客の増加に「えげつないですな」と顔を曇らせる人もいた。
嵐山在住の女性は「渡月橋のそばの浴場に行ったんですが、あまりの人の多さに慌てて出てきました」と話す。最近は、銭湯も外国人観光客にとって人気の観光スポットになっている。銭湯のような身近な日本文化のファンが増えるのは喜ばしいことだ。だが、大挙して押し寄せる外国人観光客の影響は、間違いなく市民の日常生活に及んでいる。
清水坂界隈では、あまりの人出に住民がマイカーを出庫させられなくて困っていた。タクシーの運転手は「この辺に住む人たちは、車で出かけようと思ったら朝早く出て夜遅く帰ってくるしかないんですよ」と同情していた。そのタクシー運転手によると、市内はどこに行っても同じような状況なので京都市民はわざわざ他県に花見をしに行くのだという。

地元の住民はマイカーを出庫させるにも一苦労
祇園の花見小路通では、けたたましくクラクションを鳴らし、観光客を蹴散らしながら走る車もあった。「観光客に優しくしてよ」と思ったが、地元の住民は多すぎる観光客にイライラしているのかもしれない。
筆者が訪れた3月末は、ちょうど京都府知事選の真っ只中だった。親しくなった飲食店の女将に「そろそろ“地元民の生活を守ろう”なんて公約する候補者が出てくるんじゃないですか?」と軽口をたたくと、「国全体、京都全体が観光に力を入れているから、それはない」という。「観光で儲かっているのはごく一部の人だけ」だというが、それでも“全体の利益”を優先するのは京の人の辛抱強さの表れなのか。
清水寺を目指す観光客外国人観光客が殺到する“京の台所”
あまりの混雑ぶりにうんざりして「もう二度と京都にはいかない」と思う観光客もいるかもしれない。しかし、筆者は人の多さに辟易しながらも、京都の魅力を再確認することができた。個人的に、京都の底力を強く感じた場所がある。それは、京都市のど真ん中にある商店街「錦市場」(にしきいちば)だ。
錦市場は、野菜や魚、漬物、おばんざいなど食料品を扱う店が数多く並び、“京の台所”として400年も前から地元民に親しまれてきた。道幅はわずか3メートルほど。そこに大量の観光客が殺到するため、今や市内で最も人の密度が高いエリアとなっている。ピークの時間帯は押し合いへし合いで立錐の余地もない。
けれども筆者は、ここが嫌いにはなれなかった。端から端まで何度も往復するうち、京都ならではの食文化を体感できる、この商店街の魅力にどんどん引き込まれていった。
京都にはすっかり風情を失ったエリアもあるが、「らしさ」を失わないところはやっぱり光を放ち続けている。たとえ人が多くとも、「八坂(神社)さんは八坂さん」「清水(きよみず)は清水」なのだ。
一度壊したら二度と元には戻らないもの――京の人たちはそれが何であるかを知っている。守るものがあるからこそ、京都の魅力は奥が深いとういことなのだろう。これから「外国人観光客4000万人時代」を迎えるにあたり、改めてそのことを感じさせられた。
「らしさ」が残る京都