twitterで拾った、あるスレッド。
本庶佑氏のノーベル賞受賞に関する、研究のいきさつについて書かれていて、興味深かったので推敲の上、アップ。
ノーベル賞そのものに興味がない方も、ちらとのぞき見していただけるとありがたいです。
専門用語も出てきますが、その部分は「ふーん、そういうものもあるのか」というレベルの認識で読み進めていただいてOK。
読んでほしい部分は、そこではありませんし(^^;

これでもないw
以下引用開始
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本庶先生、ノーベル賞、おめでとうございます!自分の京大時代の元上司(HMROの機構長)が受賞されたということ、知り合いに受賞理由のPD-1の研究に関わった本庶研出身の友人も複数いるということで、たいへんエキサイティング。
PD-1関連の研究成果が、ガンの治療で強烈なブレイク・スルーをもたらしたということでの受賞かと思います。 http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201509162015-2.html … 知り合いから聞いたお話しとして、これは間違いなく「地道な基礎研究の成果」であることを簡単に紹介しておきたいと思います。
PD-1の当初の発見の詳細については、たぶんこちらが http://bsw3.naist.jp/ishida/?cate=428 … もっとも詳しいのでご参照。発見されたPD-1の機能については、マウスでKOしても表現型がほとんど何もでず、当初は意味のない遺伝子なのではと思われていたとのこと。これをいろいろと調べていた篠原隆司さん(現・京大教授)はPD-1研究をされていた時代をご自分の「黒歴史」と称し、PD-1を「パーデンネン・ワン」と呼んでましたw
最初にKOマウスを作ったマウスの近交系のバックグラウンドの系統ではめぼしい表現型が出ていなかったわけですね。普通であれば、そこで研究をやめてしまう人も多いわけですが、なんとか表現型を出そうとして、そこで別の近交系であるC57/BL6にバッククロスを「まったりと」かけていったそうですw
マウスで研究をしている人であれば、この「別の近交系へバッククロスで表現型を出す」はそれなりにあり得る戦略であることはわかるのですが、(しなければいけない理由が無い限り)時間とスペースと心にゆったりと余裕のある人しかやりません。これには1年や2年、簡単にかかってしまいますので。
「3年とか5年で成果を出さなければいけない」みたいな場合にはとても向かない戦略なわけです。本庶研の場合、金銭的に潤沢で長期研究を行う余裕があっただろうということと、バッククロスを行った方がMDの先生で臨床もやりながら、「まったり」行うことができた、ということが大きいようです。
ともかくC57/BL6にバッククロスをかけていくと(11世代)ようやく自己免疫疾患の表現型が出てきたということです。 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10485649 この表現型が出てきたところから、ガンの治療に使えるかもしれない、という発想が出てくるのは、わりとはやかったとのこと。
何をやっているかわからないどこの馬の骨かもわからない新しい分子の機能を、マウスでKOして知ろうとしたという点が、まさに基礎研究ですね。どれが、当たるか外れるかわからないし、その点では大した工夫もないが、なされなければならない仕事です。
単なるKOでは出なかった表現型を、シンプルで、しかし時間はかかる手法で諦めず見出そうとした点もまさに基礎研究ですね。ガンの克服を目指す、とか出口を目指す、とかの目的ではないのです。パーデンネン・ワンとすら呼ばれてしまったお気の毒な分子の未知の機能を知るという研究のための研究。
たいした最先端技術も使わず、すごい工夫があったわけでもなく、バッククロスという古臭い手法で、まったりと粘り強く行った基礎研究から生まれたちょっとしたマウスの表現型(自己免疫疾患)の発見。それがガンの治療法開発に繋がり人類の健康と福祉に大きく貢献するブレークスルーとなったわけです。
以上のお話は、主に、本庶研でPD-1を研究されていた岡崎拓さん(現・徳島大教授)から直接お聞きしたお話です。「いやー、もう、本当に、絶対に、基礎研究がすごいブレイクスルーをもたらした最高の例ですよね」というと「いや、本当にそうなんですよ。」とおっしゃってました。
「こういうの、なんとか偉い政治家とか官僚の方々にご理解いただく方法、ないものですかねぇ…」というと、「いやー、そうなんですよねぇ…」とおっしゃってました。
PD-1の研究がイノベーションを生んだのは間違いないわけですが、イノベーションは狙ってできるものでもなく、地道にやっていると、突然、思いもかけないところからやってくる、という好例ですね。本庶先生には、今後、ぜひ、そのような方向性で、各方面にご説明いただけることを期待します。しかし、これのブログ http://bsw3.naist.jp/ishida/?cate=428 … を拝見すると、大きなイノベーションの背景に、いろいろな人の出会いやわりとありがちな研究の営みがあって興味深いですね。このうちどれが欠けても、PD-1抗体によるがん治療のブレークスルーは大きく遅れたんだろうな、と思うとすごいことかなと。
自分の元上司の黒沢先生(藤田保健衛生大の前・学長;総合医科学研究所の元・所長)がセミナー開催で出会いを媒介していたというのも興味深いです。そのセミナーが計画されず、この軽い出会いがなければ、どうなっていたんでしょうね。PD-1抗体の登場が遅れ、多くの人の命に影響があったのでしょうか。
実際にPD-1のクローニングを行った当時学生の縣保年さん(現・滋賀医大教授)は、石田先生が「落ち込んでいる時にも常に明るく励ましてくれた」と書いてあります。縣さんは自分の飲み友の中でも最高に面白い飲み友の一人で、自分も励ましてもらったこともあります。
縣さんの明るい性格がなければ、PD-1抗体の登場が遅れ、多くの人の命に影響があったのでしょうか。 縣さん自身はPD-1のクローニングをしただけとも言え、彼自身のキャリアに大きなプラスになったとはいえないでしょうが、縣さんのそんな部分が人類に影響を与えたことをイメージすると興味深いです。
以上のようなお話は、繰り返しになりますが政治家や官僚の方々に伝わってほしいところ。 有名なところでは森喜朗元首相がPD-1抗体で救われているとのこと。 https://www.news-postseven.com/archives/20161018_457588.html … このイノベーションにどういう背景があったのかぜひ知っていただき、基礎研究の重要性をご認識いただけると有り難い。
ところで、タイミングが良いことに、今週の金曜に、本学(藤田保健衛生大学)で本庶先生に特別講演にいらしていただく予定。本学の学生・教職員は必聴ですね(自分は悲しいことに外せない海外出張で参加できず)。
本庶先生、今、NHKでしゃべられてますね。基礎研究の重要性、素晴らしさを説明されてます。PD-1のストーリーはさえない基礎研究が停滞の後、突然あれよあれよと全く予期されていなかった形でブレークするとても面白いお話で、登場人物も、本庶先生はもとより、縣さん、篠原さん、岡崎さんなど濃ゆいキャラがたくさん出てくるので、しばらく前からぜひドラマか映画化してほしいと言ってます。
上の岡崎さんから聞いたお話で、KOマウスでようやく自己免疫疾患の表現型が出てから、ガン治療の可能性への着想&研究までなぜ「わりと速かった」のか、げせなかったんですが、こちらの解説を拝見して納得。アリソン氏らが、既にその流れを作ってたんですね。
となると、(何者でもないおっさんがいうのも気がひけますが)この本庶研のPD-1に関する一連のお仕事は、ものすごい天才でなければできなかったようなものではなく、本庶先生のおっしゃるところの「凡人」 http://www2.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/essay02.html でもできるような仕事であると言えそうです。
ただ、curiosity, challenge, continuation の3Cは必要だとおっしゃられていて、それを持ち合わせるだけで、「凡人」とは言えない、ともいえますが。現在の日本の研究環境は、この3Cすべてに対して逆風なような気がします。「パーデンネン・ワン」がわからない若い方々もいるようなので、説明しておくと、 「アホちゃいまんねん、パーでんねん」 の「パーデンネン」です。
ツイートをご覧になった縣さんより補足のご連絡が。縣さんは、クローニングしただけでなく(ノーベル賞対象論文)、学位論文ではPD-1抗体も作製したとのこと(Agata et al,, Int. Immunol. (1996) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8671665 )。日本の学会誌(IF3前後を推移)ですが、1049回も引用されてますね。
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以上引用終了
結構忘れられがちな事なのですが。
基礎科学の分野においては、
「Aというものは、事象Xに密接な関係がある」
ということを解明する事と、
「Bというものは、事象Xには無関係である」
ということを解明する事は、ほぼ等価なことなのです。
特にその結論の末尾に 「Q.E.D」と記述され、追試験を経て、その学会の中で、「真理」として認められるのであれば。
証明を完了することで 「後に続く研究者にとって、道標となるものを築いた」 という成果は同じだ、ということなのです。
本庶先生の研究も、まかり間違えば「後者」の研究成果を出すかもしれないものでした。
(というか、本庶先生の研究を始めたきっかけは、ノーベル賞受賞の対象となったものではなかったようですし)
諦めないこと。
ごく当たり前に、地味な実験をこなすこと。
実験の結果を出す過程において、変化に対して 「短時間で終わらせよう」 とせず、ありのままに受け入れようとすること。
実験の「結果」に対しては、公平、公正に扱い、「自分の期待に添った解釈」をしないこと。
ごく当たり前のことを、「自分の都合」で短縮せず、経過も含めて全てを情報として使おうとすること。
科学者としてごく当たり前に、正直に研究を進めた結果としてのノーベル賞だったようなのですが....

これを読むと、
韓国人に、
基礎科学分野での受賞対象になるような研究は、
未来永劫、無理なような気がする(--;