【暗闘 ゴーン事件】(上)勾留失効直前…ドバイの証言
2019.1.11 22:57社会事件・疑惑
カルロス・ゴーン被告が勾留されている東京拘置所=11日午後、東京・小菅
世界一の高さを誇る超高層ビルや世界最大級のショッピングモールで知られる中東屈指の観光都市、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ。昨年12月20日、日産自動車の関係者は、子会社「中東日産」の幹部と向き合っていた。
関係者は、日産の前会長、カルロス・ゴーン(64)の不正を調査する社内の内偵チームから重要な密命を帯びていた。ゴーンの指示で平成21~24年、中東日産からある会社に支出された計1470万ドル(約12億8400万円、現在のレートで約16億円)の趣旨の「解明」だった。
支出先はゴーンの長年の知人でサウジアラビア有数の実業家であるハリド・ジュファリが経営する会社。名目は日産車の「販売促進費」などとなっていた。
幹部は、日産関係者に語り出した。「ジュファリの会社に販売促進などの活動実態はありません。あの1470万ドルは支払う必要のない金でした」
その頃、ドバイから約8千キロ離れた東京・霞が関の検察庁は激震に見舞われていた。東京地検特捜部が自身の役員報酬を過少に記載したとして金融商品取引法違反容疑で再逮捕したゴーンの勾留延長請求を東京地裁が却下したからだった。
テレビのニュースは、近く保釈される可能性があると速報した。身柄拘束を解かれれば、口裏合わせなど証拠隠滅の恐れがあるため、「保釈されれば捜査終結だった」(捜査関係者)。
特捜部は11月19日に金商法違反容疑でゴーンを逮捕して以降、「会社の私物化」を象徴する犯罪の立件を目指してきた。狙いを定めたのがジュファリを含めた中東の複数の知人側に流れた資金。だが時間が足りなかった。そこで10年前のリーマン・ショックで生じた私的投資の評価損約18億5千万円を日産に付け替えた容疑だけでの立件を検討。ただ10年前と古く、日産に実損も与えていなかった。このため「これだけでは国内外から批判されかねない」(捜査関係者)と検察上層部から「待った」がかかっていた。
約30億円を拠出し、損失の信用保証に協力したジュファリ側への支出を容疑に加えることが逮捕状請求の許可条件。そのためには中東日産幹部の決定的な証言が必要だった。
勾留の効力が失効する21日午前0時が刻一刻と迫っていた。特捜部長の森本宏(51)のもとに、ドバイから証言がもたらされたのは日が落ちた頃だった。証言を裏付ける書類などとともに調書の形に整え、会社法の特別背任容疑での逮捕状請求に至ったのは21日未明。薄氷を踏む捜査で事件の“第2幕”が上がった。
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世界的な経営のカリスマへの捜査は当初から困難を極めた。きっかけは日産の内偵チームのメンバーの一人が、ゴーンが22年にオランダに投資目的で設立させた子会社「ジーア」の資金操作に疑惑の目を向けたことだった。ジーアには日産から50億円超が出資され、タックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーを通じ、ブラジルやレバノンで高級住宅が購入され、ゴーンや家族が無償で利用していた。
昨年春頃、この投資資金の不正流用疑惑に関わった外国人執行役員が幹部らに実態を打ち明け、チームは調査を本格化させる。
ただゴーンは20年近くにわたり日産のトップに君臨し、社内にも「ゴーン派」が多数存在。「ゴーンに情報が抜ければ終わり」(関係者)のためチームはわずか4人で行動した。司法取引が導入された6月頃、特捜部に情報を持ち込んだ。司法取引は他人の犯罪を明かす見返りに刑事処分を軽くするもので、組織トップの犯罪を摘発することが期待された制度。ゴーンの訴追には打って付けだった。
外国人執行役員が「協議開始書」に特別背任容疑の「被疑者」として署名し、特捜検事の任意聴取には、弁護人として検事出身の「ヤメ検」が同席した。
特捜部が特別背任での立件を検討したジーアの疑惑は不動産の名義が日産のままで、帰属や資産評価など立証のハードルが高く見送られた。代わりに浮上したのが「報酬隠し」だった。株主らからの高額報酬との批判を恐れ、22年から8年にわたり総額90億円超も過少に記載していた。
これに深く関与していたのが、10年以上ゴーンに仕えた元秘書室長だった。捜査関係者が「ゴーンのあらゆる不正を把握するキーパーソンでゴーンそのもの」と表現するほど。捜査協力が必須だった。ただ対応を誤ればゴーンに情報が漏れ、事件が潰れる。このため特捜部が接触を図って説得し、司法取引に合意したのは逮捕前の捜査の終盤だった。
ゴーンの逮捕は、世界に衝撃を与えたが、捜査には思わぬ逆風が吹いた。有価証券報告書に虚偽の報酬額を記載したという容疑が「形式犯」だとの見方がなされたからだ。役員報酬の虚偽記載での適用事例はなく、構成要件の一つである「投資判断への影響」にも疑問が投げかけられた。
特捜部が、日産に実害を与えた「実質犯」の特別背任での立件にこだわったのは、こうした批判をかわす狙いもあったとみられる。「会社が食い物にされた」(幹部)とみる日産側も、会社が被害者になる特別背任での立件を強く求めていた。特捜部は日産の内偵チームと水面下で連携し、年末に向け「中東ルート」の捜査を加速させていった。
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「検察官はもう少し慎重に、よく証拠を見て捜査を進めてもらいたかった」
ゴーンの弁護人を務める元東京地検特捜部長の大鶴基成(63)は1月8日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で、多くの海外メディアを前に記者会見し、かつての後輩たちの捜査に苦言を呈した。
その日、ゴーンは勾留理由開示の手続きで東京地裁の法廷に立ち、「私は無実。不当に勾留されている」と初公判さながらに訴えた。大鶴はその補足説明として会見したのだが、最大の目的は海外メディアへの発信だった。
裁判所が容疑者の勾留理由を公開の法廷で説明する勾留理由開示は保釈に直結しないため請求率は1%にも満たない。大鶴も報酬過少記載事件での勾留の際は「意味がない」と否定的だったが、年明けになって方針転換した。その狙いを、ある検察幹部は「早期保釈に向け、裁判所に圧力をかけるため」と断言する。
特捜部が特別背任事件の捜査着手を前倒しせざるを得なくなった勾留延長の却下は「検察幹部が軒並み冷静さを失うほど衝撃的だった」(検察関係者)。翌日、地裁は却下理由の要旨をメディアに明らかにしたが、ある捜査関係者は「証拠関係を明らかにしており、発表自体が捜査妨害だ」とくさした。
「さすがに却下はないと思っていた。そこまで『外圧』に弱かったとは…」。多くの検察幹部は地裁の異例の判断の背景に、海外メディアの過熱報道があったとみる。日本の刑事司法制度について「長期勾留」「取り調べに弁護士が立ち会えない」などと批判が向けられてきたからだ。
勾留理由開示手続きや、その後の勾留取り消し請求と、立て続けになされた裁判所への働きかけは、大鶴を含めた弁護団も裁判所の「特性」を十分意識しているからだろう。
こうした弁護側の情報戦略に、ある検察幹部は「ゴーンの言っていることは嘘ばかり。マスコミは弁解を垂れ流すだけで利用されているのに気付いていない」といらだちを募らせる。
一方の大鶴も「検察のマスコミへのリークがひどい。本件の特別背任容疑と関係ないことばかり流す」と漏らし、検察を批判する。
前代未聞の事件は検察側、日産側、弁護側の思惑に、裁判所も巻き込みながら続いていく。=敬称・呼称略
https://www.sankei.com/affairs/news/190111/afr1901110061-n1.html
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【暗闘 ゴーン事件】(下)仏政府乗っ取り防ぐ「国策」
昨年11月19日午後3時過ぎ、成田空港に降り立った日産自動車の元代表取締役、グレゴリー・ケリー(62)=金融商品取引法違反罪で起訴、保釈=は日産が準備した車で滞在先のホテルへ向かっていた。
前会長、カルロス・ゴーン(64)=同罪、会社法違反罪で起訴=の側近で、米国に在住し、年に数回しか来日しないケリー。数日前、日産の外国人執行役員から「取締役会でゴーン会長の退任後の報酬について話し合いたいので日本に来てもらえませんか」と電話があった。首の手術を12月7日に控え、最初は「どうしても、ということでなければテレビ会議でお願いしたい」と難色を示したが、執行役員は「どうしても」と食い下がった。
執行役員が来日にこだわった理由はほどなく判明する。ケリーの乗った車は高速道路のパーキングエリアに止まり、待機していた東京地検特捜部の検事から任意同行を求められ、逮捕された。執行役員は、特捜部と司法取引に合意し、捜査に協力していた人物。ケリーはゴーンとの「同時逮捕」を狙う特捜部と水面下で連携した日産側が仕掛けた“罠(わな)”にかかったのだ。
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ゴーンが問われた金商法違反罪は、毎年の報酬約20億円のうち、有価証券報告書に記載するのは約10億円だけにし、残りの約10億円は退任後に別の名目で受け取るというものだ。「報酬隠し」の総額は8年で約91億円に上った。
ゴーンは自身の報酬額について、フォードやゼネラル・モーターズなどの自動車大手4社から引き抜きを受けた際に示された金額を参考にしているとし、「自分の市場価値」として記録していたという。検事の取り調べでも「自分にはそれくらいもらう価値がある」と胸を張った。
約15年前の取締役会で、すでに報酬額への強いこだわりを見せていた。報酬の3割増額を提案したゴーンに対し、出席者から「お手盛りが過ぎる」と異議が出た。ゴーンの顔がみるみるうちに赤くなった。
「業績で貢献したんだから、これくらい当たり前だろ!」
早口の英語でまくし立てるゴーンに圧倒され、場は静まり返った。ある幹部は「並みの怒り方ではない。獣のような顔で怒鳴り立てていた」と振り返る。
幹部がその剣幕(けんまく)を目撃したのは1度ではない。2度目は出自について、言及された時だったという。
祖父はレバノンからの移民だったというゴーンはブラジルのアマゾン川流域の田舎町で生まれた。自著によると、高温多湿で蚊に悩まされる厳しい環境で育ち、2歳の時には井戸水を飲んで生死をさまよった。
外食ではラーメン店や焼き鳥店に通う庶民性を見せるが、幹部は言う。「とにかく強欲でカネへの執着は異常だった。出自へのコンプレックスも強かった」
ゴーンは自著で「数字は多様な言語、文化の中で育った私が考え抜いた共通の言語だ」と書く。業績追求の果てにたどり着いた唯一のアイデンティティーが、報酬額だったのだろうか。
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仏ルノーを経て平成11年6月、業績が悪化していた日産の最高執行責任者(COO)に就任したゴーンはわずか1年でV字回復を果たし、13年に最高経営責任者(CEO)となる。17年には日産株を43%持つルノーの社長兼CEOとなり、日産トップでありながら日産を監視する側のトップになった。元幹部は「ルノーを治め、日産の株主総会を動かす力を持ったことで独裁者になった」と話す。
だが社内には「ルノーから日産を守る盾としては報酬20億、30億の価値がある」(日産関係者)との声もあった。ルノー株を15%持つ仏政府は26年、株主の議決権を強化する「フロランジュ法」を制定。ルノーを通じて日産への支配を強めつつあったが、ゴーンは27年に仏政府が日産の経営に関与しないことで合意を得るなど、日産の独立性を重視する姿勢に、社内でも評価する支持者がいた。
ところが昨年2月に潮目が変わる。ルノーCEO留任の条件としてゴーンが仏政府に「日産との不可逆的な関係づくり」を約束したとされたからだ。不可逆的関係とは「経営統合」を意味し、社内ではついにゴーンがルノー側に回ったと解された。「この時、社内でゴーンを切る覚悟ができたのだろう」(日産OB)
ちょうどその頃から、不正を調査する内偵チームが極秘の活動を加速させていく。背景には日本政府の意向も見え隠れし、ある政府関係者は「不況にあえぐ仏政府が技術力と雇用欲しさに日産を乗っ取ろうという状況を(日本の)経済産業省が問題視していたのは事実」と明かす。
昨年10月、ゴーンに重用されてきた日産社長兼CEOの西川(さいかわ)広人に調査結果が報告されたとき、もはや西川に選択肢はなかった。
先の政府関係者はこう続ける。
「技術力と雇用を流出させないという意味では事件は国策の側面もあった」=敬称・呼称略
https://www.sankei.com/affairs/news/190112/afr1901120025-n1.html
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「自分にはそれくらいもらう価値がある」
「業績で貢献したんだから、これくらい当たり前だろ!」
本当にそれだけの価値があるのかね。
あさましい。まさしく金の亡者だな。
( ´-д-)
そして、フランス政府も強欲だな。
ざまぁみろ。
( ´-д-)