「命のビザ」発給80年、杉原千畝に今も顕彰の動き リトアニアでは「杉原の年」
2020.2.16 17:10国際中東・アフリカ
クリチェリ・ヨセフさん(中央)の説明を受けながら杉原千畝記念館を取材するイスラエルのメディア=令和元年11月10日、岐阜県八百津町(鈴木俊輔撮影)先の大戦中、「命のビザ」で多くのユダヤ人を救った外交官・杉原千畝(ちうね)(1900~86年)。その功績は戦後70年以上が過ぎた現在も高く評価されている。先の大戦中にナチス・ドイツから迫害されたユダヤ人を救ったのは杉原だけではないが、国民の7割以上がユダヤ教徒のイスラエルではいまなお顕彰する動きが続く。杉原がビザを発給して今年で80年。イスラエルにとって杉原の功績を語り継ぎ、伝えていくことにどんな意味があるのか。(鈴木俊輔、写真も)
テルアビブの北に位置するネタニア市。杉原のビザを手にした「サバイバー(生存者)」やその子孫が多く暮らすこの街には、「スギハラ・ストリート」と名付けられた道がある。現在は看板があるだけだが近く整備される予定で、エフレイン・ブルマシュ副市長(66)は「ネタニアには多くのサバイバーがおり、杉原さんの功績をもっと広めたい」と話す。
同国では、初代首相の名前をとったベングリオン国際空港に代表されるように、道路や施設に歴史上の人物や偉人の名を冠することが多い。杉原の功績を顕彰しようと各地で同様の動きが進んでおり、別の市には、「スギハラ公園」と名付けられた公園もある。
イスラエル・ネタニア市に整備される杉原ストリートの看板=2019年10月28日、イスラエル(鈴木俊輔撮影)
杉原は、同国でどう伝えられているのか。ユダヤ国家である同国では、戦時中にホロコースト(大量虐殺)からユダヤ人を救った外国人を調査し、「諸国民の中の正義の人」として顕彰している。杉原は日本人で唯一名を連ねるが、顕彰されているのは2万人以上。杉原の存在が必ずしも全てのイスラエル人に知られているわけではない。
「杉原さんのことは、まだまだ知らない人がいる。虐殺された人数から考えれば、救ったのは少ない命かもしれないが、決して小さなエピソードではない」。昨年11月、杉原の出身地・岐阜県八百津(やおつ)町にある杉原千畝記念館を取材に訪れたイスラエルのテレビ局の記者、リオル・ヤニブさん(44)はこう話し、熱心に説明に聞き入った。
ユダヤ人が過酷な環境下に置かれたポーランドのアウシュビッツ収容所で過ごした祖母を持つリオルさんは、「杉原さんは自身や家族の命を懸けて正しいことをしてくれた。人として大切なことを学ぶためにも、それを母国で伝える必要がある」と話した。
杉原のビザを手に生き延びた人々は、世界中にいる。サバイバーを父に持ち、ネタニア市で父の体験を語っているハーヴァ・アペルさん(66)はこう力を込める。「これからも、何度でも話す。杉原さんへの感謝は、次の世代に伝えることでしか伝えられない」
https://www.sankei.com/world/news/200216/wor2002160020-n1.html
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死後も多くの人たちに感謝され語り継がれる朝鮮 人て・・・いるのかな?
( ´・ω・)