
王健群がカンゲト大王陵碑近くで居住して長い間拓本業をした 初天富に得た筆写本です.
碑石に汚物が塗られて燃やされる前に筆写した内容です.

付け加えて 東京大学史学科教授 武田幸男も 百残の次の文字は 東で把握している.
伽揶という妄想は一体どこで出たの?


倭寇が現われよう (高句麗がイルボンインワ同盟関係の) 百済を 渡海破と (東進して) 新羅を臣民にして (保護した.)という韓国の解釈は交差検証になるが,
倭寇は何に妄想している?

冬 10月に百済 (関彌城)を攻撃して陷落させた.その聖恩四面が険しい絶壁で海水が取り囲んでいて王が軍事を七道で分けて 20日を攻撃して陷落させた.(三国史記高句麗本紀 391年)


証拠がなければ高句麗がわがまま勘違いした話 w



