日清戦争の翌年ですね。
1895(明治28)年2月22日
日本帝国第八議会衆議院に朝鮮援助の特別予算提出
過刻、本院に、特別予算を提出して置きましたが、右は朝鮮国の目下の財政上の困難を救済する為(た)めに、一時、止むことを得ず、金額を貸し渡すといふのであります。
同国の昨年以来の形勢に就(つい)ては、諸君の御承知の通りですが、特に昨年初夏以来の東学党の叛乱に引続いて、昨年の不作、然して日清の交戦と相成り、爾来、同国は吾(われ:日本国)と同盟の位置にあって、今日尚ほ交戦の半(なかば)にありますから、我政府に於ても、之(これ)を傍観に附することが出来ませぬので、止むことを得ず、一時貸渡す必要に迫ったのでありますが、御承知のとおり、今日も尚ほ、朝鮮の各地に於ては、東学党の叛乱の余孽(げつ:わざわい)を幾許(いくばく)か存して居る。
さりながら、同国の王室及政府は、鋭意我政府の勧告を参して改革を実行せむことを希望してをりましたから、その改革に就きて、昨年六月我政府より清国政府に対し、日清両国力を戮(あわ)せて此(この)改革を勧告し、然(しか)して彼(か:朝鮮のこと)の独立を扶持(ふち:たすけること。たすけささえること)しようと申しましたが清国に於て之(これ)を拒絶しましたにより、遂に今回の大戦争と相成った訳(わけ)であります。
爾来、我国は、独力で其(その)独立を扶持せしむるために、其(その)孤弱(こじゃく:孤立してかよわいこと)を悩むで、今日まで力を添へ助を与へて居るのであります。
右の状況なるに依って、目下の困難に遭遇し、一時之(これ:朝鮮のこと)を救援するの必要止むを得ざるのであります。尤(もっと)も同国政府に於ては、早晩公債を起して、もって自国の諸般の費用に充てようと云ふ計画を致して居ります。
其計画が成り立った後に、之を以て返弁(返済、弁済の意)せしむる積りであります。右の通り止むを得ざる事情でありまするから、諸君が審議を尽されて、速(すみやか)に協賛せられんことを希望致します。
出典:1929(昭和4)年 伊藤博文著〔他〕 「伊藤公全集 第2巻」 朝鮮国の財政援助(明治二十八年二月二十二日第八議会衆議院に於て)
朝鮮の借金について詳しい方がおられましたら、資料など頂けると有難いです。