https://news.joins.com/article/22889654
こんな事もありましたよねw
当時グロがと開拓団の幹部が近くの旧ソ連軍部隊に村の治安維持を頼んだと言う. グリョと 17‾21歳の女性たち 15人ほどを句ソ連軍ソングゾブデに出したというのだ. これは 45年 9月‾11月までつながった. 一部は中国軍を応待しなければならなかった.
当時 17歳だったある被害女性(90)は初めには酒席接待であると思って出てから布団がたくさん敷かれた仕切りもない部屋で他の女性たちと一緒に暴行されたと明らかにした. 彼は逃げようとしたがつかまってシャベルでなぐられたと言う. 彼が書き写した幹部たちのメモ中には “女達を捧げて数百の命を守る”と言うなどの内容がある. この被害女性は自分をソングゾブどおり追い払った大人たちを許すことができなくて日本で帰国した後故郷であるグロがとをたった 2番(回)だけ捜した.
当時 21強かったヤスにヨシコ(2016年 91歳で死亡)は 2013年講演から “ソングゾブデに行くようになった女性たちを泣いたし, 村の年寄りたちが ‘どうせ日本はだめだからハムゲ死のう’は意見を出したりした. しかし開拓団副団長が ‘開拓団を守るか, 自滅するかは君逹によった. 君逹は力がある’と説得した”と証言した. ソングゾブデに追われた女性たちの中で最古参だったヨシコは自分を折って友達と “詩集が行けなくなれば一緒に人形店をしながら生きよう”と話交わした後ソングゾブデを受け入れたと言う.
グロがと村の満蒙開拓団は 41年以後 600人余りが中国の吉林省地域で移住した. こんな式で中国へ行った日本人たちが全体的に 27万名にのぼったが敗戦当時日本の関東軍主力が先に撤収するによってこれらの待避などが問題になった. 実際に日本政府の帰国支援が遅くなりながら現地住民と昔のソ連軍によって暴行と掠奪にあう事例が頻繁だった. グロがと開拓団も敗戦の後日本軍によってネペングギョチョジョ現地住民たちの暴行や掠奪に苦しんだし隣近の他の開拓団住民たちが集団自決した.
[出処: 中央日報] 2次大田敗戦後 日 女性たち, ソ連軍ソングゾブデ追い出された