第三章
概論
朝鮮半島の国内政治は、日本人にとって、長年に亘り極めて憂慮すべき問題であった。
日本から汽船に乗って数時間あまりで行ける国。
そこでの汚職や、低迷する政治がはらんでいる危険性と問題点ついては、
米西戦争(1898年、アメリカとスペインの間で行われた戦争)(注1)の原因を調査してきた研究者達や、
メキシコがアメリカと友好的な方向へと発展出来るよう望んでいる者達にとっては明白に理解出来ることであろう。
ある国での失政の悪影響が国境を挟んだ隣国の平穏に何の脅威にもならないと考えている者、
つまりアメリカの領土拡大やイギリスのインド統治から何も学ぼうとしない者もいることは確かである。
しかし聡明な者なら次のことを観て取るだろう。
悪政が伝染病のように劣悪な隣人となり得ること。
社会不安は天然痘や黄熱病のように簡単に国境を越えて伝染する可能性があること。
また英語圏の人種によって行われてきた征服・植民そして「土地の略奪」は、
多くは必要性から始まったものであるということ。
つまり自分達を脅かす隣人を自国の統治権内に置く必要があったということだ。
朝鮮の場合、日本にとって脅威となった原因は2つある。
第1には過去数世紀に亘る失政である。
内政改革を通して独立を維持するに足る富と力を持ち国家としての体裁を整えようとする希望など断念するほど追い詰められた状況だった。
第2の原因は、第1の原因の結果として生じたものだが、
ロシアや清が力や策略によって朝鮮半島を占領し、
日本の国家防衛にとって許しがたい戦略的状況を作り出してしまう可能性があったことであった。
あらゆる状況が証明しているように、日本の長年に亘る対朝鮮政策は、
まず第1に朝鮮の独立国家としての地位を保証することを主眼としていた。
そして第2に、他の列強に対して、朝鮮の問題に関しては原則的に日本の権益が優先されることを認めさせようとしていた。
すなわち、イギリスやアメリカが自国の国益のためにエジプトやラテンアメリカで特別な権益を持つことを世界から暗黙のうちに承認されていたようにである。
第1の点は、日本は1894年に清に宣戦布告し、下関条約で清に
対し、朝鮮の宗主権を放棄し独立を認めるよう強要していることで
証明された。
第2の点は、満州と朝鮮への執拗な陰謀を企てていた
ロシアに対して、1904年から1905年まで日露戦争を戦ったことで
証明された。
当時ロシアはウラジオストクと旅順を占領して、この
2つを現存する最も恐るべき要塞に変えていた。
またシベリア横断鉄道は朝鮮国境まで延長されていたのである。
註1 アメリカの隣にあるキューバで続けられていたスペインの統治とキュー
バの独立運動が米西戦争の一因である。また隣国であるメキシコの政情不安と
反米感情は当時のアメリカの治安にも大きな影響を与えていた。

帝国主義の時代を2国間の出来事で捉えても答えなんてないんですね。