朝鮮總督府が直面している問題は、数が少ないわけでも、問題の質が単純なわけでもない。
日本人の目的は、あくまでも近代的な行政システムを作り、
朝鮮の天然資源を開発し、貿易と産業を促進さることであった。
しかし、その成功への道は、まさに苦難の道のりであった。
行政機構の立案、完全なる官制の設立、多数の技術の雇用、
そして財政システムは政府の政策を実行していくのに不可欠な歳入を
もたらすことが出来るように工夫されなければならなかった。
唯一好ましいと思える状況は、大多数の朝鮮@人が従順であったことだ。
日韓併合時も、その後も、日本の軍部指導者の側には何の不安材料もなかったのである。
であるから、外国人の目には、日本政府が朝鮮總督を軍幹部からのみ任命することは不可解なことのように見えた。
しかし、経験を重ねるとその方針の間違いが明らかとなり、
1919年にはその制約が取り除かれて文民からも広く登用されるようになった。
軍幹部が植民地の長官に選ばれるのは、オランダや英国にもよくある慣習であったが、問題もあった。
歴史の中に、軍事的な任務遂行能力と民政を行う能力を併せ持った人物の例を見つけることは出来る。
しかしそれは極めて稀である。
植民地統治には、優秀な軍人に必要な気質とは全く異なるものが要求される。
軍人は適切な専門知識を備えるのは当然として、どこまで軍の規律を励行しうるか、
どこまで厳格に軍規を遵守させられるかが、軍司令官として成功する鍵になる。
彼の職務は、命令を発し、異議や抗議の余地を生むことなく従わせることである。
つまり彼は自分の統治によってどんな感情が発生するかを考慮する必要はないのである。
the new koreaより
