――――日本の慰安婦制度――――
1937年(昭和13年)9月29日 陸達第48号
日中戦争がはじまり、日本軍は「野戦酒保規程」を改正して慰安所を造るための法整備を行った。
慰安所は軍の後方施設として兵站部が管轄することが規定された。
1937年(昭和12年)8月31日には外務次官通牒
「不良分子ノ渡支ニ関スル件」が出され、悪徳業者の取り締まりについての注意命令が出された。
1938年(昭和13年)2月23日 内務省発警第5号通達
各庁府県長官に宛てて「支那渡航婦女の取扱に関する件」が通達された。
通達では内地(植民地以外の日本国内)から中国に渡航させる慰安婦に対し以下の事を求めている。
・満21歳以上の現役の娼妓や醜業を営む女性に限定
・身分証明書の発行の際には、婦女売買または誘拐などがないかよく注意する事
・募集に際し軍の名を騙ったり、虚偽や誇大な広告宣伝をする者がないか厳重に取り締まる
1938年(昭和13年)3月4日
「支那渡航婦女の取扱に関する件」に応じて陸軍省 兵務局 兵務課はに「軍慰安所従業婦等募集に関する件」(陸支密第745号)を発令した。
北京近郊で慰安所を設置するために内地(植民地以外の日本国内)で慰安婦を募集した悪徳業者が、「軍の名義を利用した事」「誘拐のような方法で女性を集めた事」等の犯罪で警察に検挙取締りを受けたため、今後は派遣軍が募集する者の人選を適切にし、軍の威信を保ち社会問題を引き起こさないよう依頼した。
―――その頃の朝鮮半島――――
1932年から1939年にかけて、朝鮮南部では悪徳業者がはびこっていた。
朝鮮の新聞(東亜日報や毎日新報(毎日申報。現・ソウル新聞)、時代日報、中外日報)による報道によると
売春斡旋業者が10代の少女らに路上で恐喝を行ったり嘘をついて勧誘したり、誘拐する事件が頻発し、満州や中国などに養女などの名目で売却されていた。
朝鮮総督府統計年報 略取・誘拐での検挙数
慰安婦制度前の1935年は朝鮮.人2,482人・日本人24人
慰安婦制度後の1938年は朝鮮.人1,699人・日本人10人
1940年は朝鮮.人1,464人・日本人16人
1939年5月
朝鮮総督府は悪徳業者の人身売買に対し、「中国への幼女供与」、「中国人による朝鮮.人養女引き取り、また養育」を禁止した。
しかしその後も誘拐事件は頻発し、
東亜日報、1939年8月 5日:「処女貿易」を行なっていた「誘引魔」が逮捕された
東亜日報、1939年8月31日:釜山の斡旋業者(特招会業者)による誘拐被害者の女性が100名を超えていた
等の事件が報道された
1935年から1939年にかけて、約100人の農村女性を満州に、150余人を北支(北部中国)に売却していた悪徳業者の存在、
下級役人が戸籍偽造に協力していた汚職も発覚した。
犯罪者を減らそうと努力する日本
性犯罪者天国の朝鮮
その対比がひどい事が分りますね…
中国への幼女供与…朝鮮.人は悪魔か…
