【 高柳健次郎が世界で初めてブラウン管による電子表示に成功 】
高柳健次郎博士は、電子式テレビジョンの実現を目指して研究し、1926年12月25日に世界で初めてブラウン管を用いて電子映像表示に成功した。

日本初のテレビドラマは、いつNHKで放送されたか? それが、零戦が初飛行し、中国での戦線が膠着状態にはいり、紀元2600年で沸きかえる昭和15(1940)年と知れば驚く方も多いだろう。大正14(1925)年にラジオ放送は開始されたが、それからわずか15年で、戦前のテレビ技術は、本放送実現の一歩手前まで究まっていたのだ。
それは、幻に終わった東京オリンピック、万国博覧会に向けた国家プロジェクトとして莫大な予算が投じられたためであり、2大イベントが中止となった後も、紀元2600年を控えて国威発揚のために、また軍事技術への転用のためにも、欧米に負けられない開発目標だった。実際、平成21年に終わったアナログ放送での走査線が525本であったのに対し、戦前では441本にまで技術は進歩していた。
実験放送は、真珠湾攻撃の当日、昭和16年12月8日午前にも予定されていたが、開戦とともに放送用の開発は終わり、戦時中は、飛行機に搭載する超小型テレビや電波探信機の研究に切り替わった。
