ロシアにらんだ天然の軍港、舞鶴が守る海の治安
2021/10/17 07:00永山 裕司
海上自衛隊舞鶴地方総監部の北吸桟橋。日本海沿岸では唯一の護衛艦基地となっている=舞鶴市北吸旧海軍が軍港に置いた拠点の一つ「舞鶴鎮守府」が明治34(1901)年、現在の京都府舞鶴市に開庁して今年で120年となる。現在でも同市は国内唯一、同じ町に海自と海保が拠点を置く日本海側の要所である。なぜ、舞鶴に鎮守府が置かれ、現在も海の要所となっているのか。その秘密は、海の治安を守るために最適ともいえる舞鶴港の自然環境にあった。
120年前に開庁された海軍舞鶴鎮守府の庁舎(舞鶴市提供)「鎮守府は海軍の城郭なり」。国学院大の西村幸夫教授は10月2日、舞鶴市で開かれた鎮守府開庁120年記念シンポで、そう紹介した。
明治時代、旧海軍は日本の沿岸を5つの海軍区に区分し、横須賀(神奈川県)、呉(広島県)、佐世保(長崎県)、舞鶴に鎮守府を設置。各海軍区の防備や艦艇の建造・修理、病院や水道、鉄道など近代都市のインフラを築き上げた。
その中で最後に築かれた舞鶴鎮守府は日本海側唯一の拠点であり、インフラと同時並行で完全な都市計画によって建設された。初代の司令官は、後に日露戦争の日本海海戦で名をはせる東郷平八郎元帥(1848~1934年・当時中将)が務めた。
西村教授は「舞鶴鎮守府は完全な人工都市であり、都市計画では他の3つの鎮守府の集大成であり、重要な町」という。
日本海側にはほかにも港があるが、なぜ舞鶴が選ばれたのか。背景には当時、高まっていたロシアとの緊張がある。ロシアの侵攻が予想される津軽海峡と対馬海峡のほぼ中間点であること、そして、軍港として格好の地形であることが理由だったという。
つまり、湾口が狭く、防御に適し、湾内は波が静かで多くの艦船が停泊できるなど、自然のままで手を加える必要がない「天然の良港」だったのだ。
実際に、今も舞鶴では、海に近い道路でも防波堤が見当たらない。記者も舞鶴に赴任した当初、その光景に驚いた。沿岸にはほとんど波が立たず、穏やかな湖のような水面が広がる。
干満差なし
舞鶴港には、他にもほかの港とは違った大きな特徴がある。第8管区海上保安本部海洋情報部の下村広樹課長は「舞鶴湾の水位は、干満差がほとんどない」と指摘する。
舞鶴湾の平均水位の振れ幅は19センチ、潮位の干満差は38センチとなる。これは横須賀の平均水位1・1メートル(干満差2・2メートル)、佐世保の同1・65メートル(同3・3メートル)、呉の同2メートル(同4メートル)と比べれば、桁違いだ。このため船を係留する際に、ロープの長さを他の港のように干満差に合わせて調整する必要がない。
「日本海はもともと宗谷海峡、津軽海峡などに囲まれた〝内海〟で潮の干満が小さい」(下村課長)。海水の入り口となるこれらの海峡は狭く、水深も浅い。一方、日本海の最深部の水深は深く広い。このため、干満をつかさどる月の引力の影響が海水の出入りに追いつかないと説明する。
島が「自然の防波堤」に

舞鶴湾の海図(白色部分が海)。二股に分かれる地点には「自然の防波堤」の役割を果たす戸島がある(第8管区海上保安本部提供)
干満が少ないのは日本海沿岸全体の特徴でもあるが、特に舞鶴湾内は波が静かだ。その理由は、特徴的な地形にある。
入り口は幅約1キロだが、東と西の二股に分かれる手前では約700メートルに狭まり、外洋の波のうねりが入りにくい。さらに東と西に分かれる地点には「戸島」(面積約260平方メートル)があり、〝自然の防波堤〟の役割を果たしている。特に旧海軍の鎮守府が置かれた軍港である舞鶴東港は、「戸島」の手前で大きく曲がった奥にあり、ほとんどうねりの影響がない。
また、舞鶴湾の周囲には標高699メートルの青葉山をはじめ400~500メートル級の山がそびえ、季節風が遮られるため、強風による波も発生しにくい。湾内の水深は12~18メートル、舞鶴港の入り口付近の水深は二十数メートルだが、大きな河川がないため土砂の流入が少なく、港内の水深を保つための掘削の必要もない。
「外海に面していないため高い波が入らず、深い水深が奥までつづいている。使いやすい港の条件がそろっている」(下村課長)。まさに自然が作り上げた「天然の良港」が、舞鶴鎮守府の時代から現在まで、日本海の治安を守っている。(永山裕司)
https://www.sankei.com/article/20211017-U6KYZOMTQVMHRD5S7TU5PSCIJY/