
阿寒湖のアイヌコタンを舞台に制作された映画『アイヌモシㇼ』。実際の住人たちが本人役で出演するという史上初のフィクションとして話題を呼んでいる。
先住民族アイヌの伝統文化、今を生きるアイヌ住民たちのリアルな一面を描く作品は、トライベッカ映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、高い評価を受けている。劇中では、アイヌにとって最も重要な伝統儀式の一つ、イオマンテを取り上げ、カムイ(神)への感謝を忘れず、歌や踊りでまつる饗宴のシーンも。
福永壮志監督のインタビューに続き、脚本作りから全面協力した主要キャスト、秋辺デボさんに、アイヌコタンにて、話を聞いた。
「アイヌのことを広めてあげるよ」という人がいっぱい来るけれど
―― 映画の話はいつぐらいに来たんですか。
秋辺 4年前だったと思うな。
―― 最初、監督からどういうことを言われて。
秋辺 確か「アイヌのことを映画にしたい」と言ってきて、その時はまだ構想が固まっていない様子で、まず調査したいと。
―― 実際アイヌのことを物語にしたいとか映画にしたいという人は来たりするんですか。
秋辺 うん、ちょくちょくある。
―― そういう人たちは何が目的なんですか。アイヌのことをどういうふうにしたいということなんですか。
秋辺 広めてあげるよみたいな大変無礼な態度で来る人が多いね。
―― こっちが協力しますよみたいな感じで。
秋辺 うん。アイヌのことは知られていないから、私たちが写真を撮ってあげるよみたいな、報道してあげるよみたいな人が多くて、もうほとほと閉口していた。映画のこともあったりなかったりするんだけれども、不勉強な上に、大体勝手に構想を固めてくる人が多くて。そうなると、「いや、俺は無理だけど」と言って関わらないようにしていた。
―― 例えば、構想を固めてくるというのは、どういう話が多いんですか。
秋辺 大体差別。差別を描きたいという人が多いね。それで、差別から入るんなら、俺はお断りだから。
―― それはどうしてですか。
秋辺 俺が20代の時は、何でもかんでも差別から始まっていたのね。アイヌのこと、自分のことを語るんでも、表現するんでも、インタビューされても、差別からしか話が始まんないのよ。
―― それは実際自分の体験でということですか。
秋辺 うん、それも含めてね。もう子どもの頃からいじめとかはいっぱいあったから、人間自体が差別で出来上がっているから。
―― アイヌコタンに住まれていて、こんなに集落としてちゃんとしていても?
秋辺 だって和人集落とは関係ないもん。
アイヌのことを自分なりに勉強していくと、素晴らしいなと思ってきて
―― 今まで、結構インタビューを受けられていたんですか。
秋辺 うん。いろいろ自分なりに勉強をしていくと、アイヌって素晴らしいし、素敵だな、大好きだなってだんだん思ってくるんだけれども、ユーカラ座というのがアイヌコタンにあって、舞台で演劇を、それもアイヌの伝統の神話とかをやっているんだよね。神話だから、そこには一切差別はないわけよ。
―― 神話だから。
秋辺 アイヌが伝える神々の世界観がめちゃくちゃ素敵で。
―― 一言で言うと、何が素敵ですか。
秋辺 いや、やっぱり神々と人間の付き合い。いろんな物語があって、とても面白い冒険活劇なんですよ。
―― やはり、アイヌはカムイ(神)なしには語れないですか。
秋辺 うん、もちろん。
―― カムイがない物語はないんですか。
秋辺 ない。生活がそうだし。それがあまりにも素敵な舞台で、物語も面白くて、その時、アイヌのよさって差別以外だよなって。差別というのは避けられないし、当然生きている人間世界で発生したことだけれども、アイヌが持っている素敵な価値観というのは、差別なしで語らなきゃダメだよねってその時思ったんだよね。
―― いくつぐらいの時に?
秋辺 23か24歳の時だな。
アイヌのよさって差別以外だよなって気づいて
―― 差別のことを話していた頃というのは、自分の体験を話していたんですか。
秋辺 そう。
―― 自分なりに勉強したというのはどういうことを。
秋辺 歴史さ。
―― どうやって歴史を勉強されたんですか。
秋辺 アイヌ協会って、昔はウタリ協会といったんだけれども、そこから出る刊行物とか。解放同盟経由でアイヌの話が出てきたりとか。
―― それは自分で取り寄せて?
秋辺 いや、活動家という人がいっぱいいて、人民解放戦線みたいな、アイヌ解放同盟とかもいて、そういう人たちが書いたものを持ってくるんだよね。昔、こんな事件があった、こんな意地悪があった、差別があったと、全部情報をくれるわけよ。そんなのばっかりを読んでいると、だんだんだんだん人間が偏っていって、差別を語らなきゃアイヌは語れないみたいな、俺は変なアイヌになっていったんだよね。
―― ちょっと戦う感じだったんですか。
秋辺 うん。それと、差別するほうが加害者、アイヌは被害者。被害者はふんぞり返って偉そうに「おまえ、加害者だろう」と言っていい。偉そうな気分になるわけよ。それから、アドレナリンがそういう時って出るんだろうと思うんだよ。それに酔っちゃっていたのね。
―― こんなことされた、つらかったんだという話じゃなくて。
秋辺 「つらかったから今跳ね返しているぞ、俺は」みたいな。すごく不健全な。
偉そうに差別を語る嫌な若い衆だった俺が
―― 20代の頃は、どっちかというと、怒リとか、訴える感じだったんですか。
秋辺 怒りまでもいかないんだけれども、偉そうに差別を語るきっと嫌な若い衆だよな。
―― その勉強は、どれくらいしたんですか。
秋辺 いや、そんなに専門書を読んでいたわけじゃないけれども。本がいっぱいあるんだよ、年に2~3冊読めばいいところで。
―― それを読んで、ユーカラ座に関わるようになったんですか。
秋辺 18歳の時から見てはいたんだけれども、24歳の時に主役をやらされたんだよね。俺はその頃、やせていて格好よかったから。若くてピチピチしていた。ジャニーズみたいな。
―― ピチピチしたジャニーズみたいで、いきなり主役をして。
秋辺 そう。その主役がイカしていて。
―― どんな話だったんですか。
秋辺 イオマンテの話で、クマの役よ。
―― クマが主役?
秋辺 うん。村の様子、イオマンテの様子が表現されていて、主役っていないんだけれども、一応イオマンテでもクマが主役だべやといって。「いや、俺は主役だ」と言い張っていたの、俺、悔しくて。え、クマかよと思って。
―― でも、カムイ(神)役だった。
秋辺 そう。
―― それをやるようになって、どう思ったんですか。
秋辺 民族というか、アイヌとしての生き様がそのまま生活文化だし、毎日みんなが語ることが哲学の基になっていたし、アイヌコタンはごく自然にそれが溶け込んでいる村だと気が付いたの。
―― それは舞台に出て分かったんですか。
秋辺 いや、違う。そもそも暮らしていて分かってきたこと。
神と人間の関わりをごく普通に語れる民族がアイヌだから
―― 舞台はアイヌコタンにあるシアターで公演されたんですか。
秋辺 違う。香港で。アジア芸術祭というところでやった。
―― いきなりですか。
秋辺 うん。
―― すごい。その時の観客の反応はどうだったんですか。
秋辺 ものすごくよかったよ。
―― 外国の人は理解できたんですか。
秋辺 普遍的なことを語っているから。人間同士のあつれきなんかやらないからさ。
―― 人間同士の話じゃなくて。
秋辺 神と人間の関わりみたいなものをごく普通に語れる民族がアイヌだから。
―― 香港の人はアイヌのことを分かっているんですか。
秋辺 知らないよ。
―― 普通の物語として見ていた?
秋辺 いや、知らなくても分からせるのが舞台だったり、映画だったり。それが芸術でしょう。
―― カッコいい。そうですね。
秋辺 そんなことは普通のことだから。シェイクスピアを見たからってイギリスが分かるわけじゃないでしょう。物語の世界が主役だから。オペラを見たからって、イタリアは分からんよね。それと同じ。
イオマンテの意味は
―― 以前、クマを育てていたそうですね。いつ頃ですか。
秋辺 子どもの頃よく世話していたもん。アイヌコタンは3軒に1軒はクマを店の前で飼っていた。
―― 店の前で。
秋辺 犬をつなぐようにつないで。
―― そのクマはクマ牧場みたいなところからもらってくるんですか。
秋辺 買ってきたり、ハンターが捕った子グマを飼ったり。
―― 本当の野生の?
秋辺 うん。でも、ツキノワグマが多かった。
―― ツキノワグマはその辺にいるんですか。
秋辺 いや、いない。本州から買ってくるのさ。飼いやすいのよ。
―― ツキノワグマが。
秋辺 あんまり大きくならないし。
―― ヒグマのほうが怖い?
秋辺 大変。すごいデカくなるし、言うこと聞かないし。
―― クマを、イオマンテに、という目的で飼って?
秋辺 いや、客寄せ。商売でみんな飼っていたのよ。でも、2歳まで飼って、小規模にイオマンテしていたよ。
―― 2歳というのは、どれくらいの大きさですか。
秋辺 土佐犬を太らせたぐらい。
―― イオマンテの意味を説明するとしたら、一言で何と言えばいいんですか。
秋辺 魂送りの儀式。
―― そのクマに神が宿っているという。
秋辺 いや、最初から神様。
―― その神様を、なぜ殺す必要があるんですか。
秋辺 肉体と魂を分けて、毛皮と肉をお土産に置いていけって。魂は返してやるぞといって盛大に葬式をするわけよ。
―― それで踊ったりとか。
秋辺 そう。
―― だから、クマというよりは、神様が宿っていたクマから神が抜けるということですよね。
秋辺 そう。魂が抜けて。天に帰るから盛大に見送りしてあげるわけよ。
―― 感謝ということですか。
秋辺 そう。感謝しかないよね。
―― その儀式を最後にやったのを見たのはいつなんですか。
秋辺 高校の時、40年以上前、アイヌコタンの広場でやっていた。
アイヌがブームになっているのは肌で感じる
―― イオマンテという儀式も含めて、アイヌの映画を撮りたいとか、いろいろやりたいという人がよく来るんですか。
秋辺 最近多かった。この10年ぐらい、ちょっとブームなんだよ。
―― アイヌが?
秋辺 この3年は特に。
―― それは観光客からも肌で感じる?
秋辺 うん。アイヌへの理解が深まっているし、興味を持つ人が多い。昔は、滅びゆく、北方の珍しい部族がいるぞみたいな感覚で聞いてきたり、興味を持つ変な人たちがいっぱいいたんだけど、最近はアニメの『ゴールデンカムイ』とかの影響があって、結構まともな質問と興味で来る人が増えている。
―― どれぐらいの年代の人が来るんですか。
秋辺 若い10代、20代もいるし、50代、60代も来るし。
―― 実際そういうちょっとブームじゃないけれども、みんなが来てくれるのはどういう気持ちですか。
秋辺 いや、警戒しているよ。
―― それはどういう意味で?
秋辺 やっぱり相手がまだよく分からんから。
―― わーっと言っているだけかもしれない。
秋辺 先にイメージを持って来ちゃうから。ちょっと違うよなとか思いながらも、あんまり雑にも扱えないし。かといって、一人一人を大事にしていたら、毎日十数人インタビューを受けなきゃいけないから面倒くさいのさ。
「この人は本気だな」と福永監督のことを思った
―― そういうのでお断りするような中で、福永監督は何が違ったんですか。
秋辺 しつこかった(笑)。
―― しつこい。熱意があった。
秋辺 うん。で、くじけなかった。「おまえ、もう来るな」とか言ったし。
―― 結構きつく言ったんですか。
秋辺 うん。暗いしさ。「なんだおまえ」って、「おまえの暗さは気が滅入る」とか言って、それでまた来るんだ(笑)。
―― それはどういうことで来られたんですか。
秋辺 アイヌのことを映画にしたいって。「イオマンテを映画にしたい」と言うなら最初から断っていたもん。
―― どうしてですか。
秋辺 できないもん。
―― 福永監督はどんなふうに説明されたんですか。
秋辺 知ったかぶりはしなかった。
―― やりたいけれども、何をやっていいかも分からないから教えてくださいみたいな?
秋辺 分からないからとは言わないね。
―― 何回も来られて、福永監督は他の人とは違うなと思った?
秋辺 他の人とは違うとは思わない。この人は本気なんだなと思った。
―― じゃあ、本気だって分かったから協力をしようと。
秋辺 仕方ないから。そこまで薄情じゃないし。
―― それで、過去の話やイオマンテの話をしたんですか。
秋辺 まあいろいろ聞かれれば言うし、映画にするなら、こういうエピソードはどうだ?って。とにかく俺はエピソード提供係だったの。映画って、350本ぐらいのエピソードを並べないと1本の映画にならん。
―― そうですね。
秋辺 エピソードの連続が映画だから。おはよう、こんにちは、ご飯いただきます、これで1個よ。その場面が続いて普通映画になるでしょう。だから、エピソードがたくさん必要だというのは知っていた。
―― それで、いろんなお話をされて。
秋辺 うん。
―― デボさんは、実際に演劇もされているし、お仕事も。
秋辺 木彫り屋。
―― 木彫りをされていて、その木彫りは、どなたから教えてもらったんですか。
秋辺 ほとんど独学。アートって教われないの。せいぜい教われるのは研ぎ方とか。例えば、カメラだったらカメラの使い方は教わるけれども、どんな写真を撮るかは教われないでしょう。自分で習得するしかないでしょう。
―― はい。
秋辺 初歩の初歩は習えても、あとは自分でつかまえるしかないでしょう。だって、内面のことだからね。こうすればいい、ああすればいいよというのはないから。それと同じで、木彫りでも舞台でもみんなそうなの。
アイヌコタンでは、みんなが伝統の踊りができる
―― アイヌコタンで映画を撮るというのは、福永監督は決めていたんでしょうね。
秋辺 うん。そんだけ動ける人と舞台心が分かっている人がそろっているところってどこにもないから。
―― やっぱりここは唯一無二のところなんですか。
秋辺 だと思う。