Seoulの韓国人・Color補正版
猫車
日本統治前
日本統治中
英国人女性旅行家 Isabella L. Bird が朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時である。以後3年余、Bird は 4度にわたり朝鮮各地を旅した。
折りしも朝鮮内外には、日清戦争、東学党の反乱、閔妃暗殺等の歴史的事件が続発する。国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土・民俗・文化等々、Bird の眼に映った朝鮮の素顔を忠実に伝える名紀行。
「朝鮮紀行」(“Korea and Her Neighbours”)に書かれている李朝末期(約100年前)の朝鮮の姿は凄まじい
・貨幣制度が(ほとんど)ない。
・ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市。
・一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。
・道はとにかく悪い。
Bird が見たSeoul
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。
ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。
周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。
Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。
胸を露出している女性の服装は、現在の韓国の民族衣装であるチマチョゴリの原型です。家の跡取りである長男を出産した女性にしか胸の露出は許されず、乳出しは当時の女性の誇りだったようです。