51 :ニューノーマルの名無しさん:2022/02/14(月) 21:23:04.46 ID:X67Y4jlk0.net[1/8]
久美子伝説 その1
久美子は一橋大学卒業後、大塚家具の主要取引銀行である富士銀行(現・みずほ銀行)に入社。
「得意先のお嬢さん」としての入社で、腫れ物に触るような扱いだった。
美人だったので業務にあまり影響のない国際広報部署へ回される。
上に立ちたい久美子にとっては居心地が良いとは言えず、僅か3年で退社し1994年に大塚家具へ入社。
色々な役職を歴任するが、高飛車で我が強く非を認めない性格が災いしどの部署でも評判はあまり良くなかった。
2004年に大塚家具を一旦辞めて、広報やIRに関するクオリア・コンサルタントという会社を立ち上げる傍ら筑波大の法科大学院へ入学。
クオリアはコンサル系にありがちな中身のない会社で目立った業績もなく、程なくして休眠会社になる。
2006年2月1日~23日のあいだ大塚家具は自社株買いを行なった。
これは久美子が社長の勝久氏に強く進言したのを受けてのものだった。
名目は「乗っ取り防止」。
外資系ファンドなどが株を大量取得し、経営に口を出してくるのを防ぐのに持ち株を増やしておくべきだと強く主張する久美子。
大学で経営学を学んだ優秀な娘の言うことに従い、社長である勝久氏は自社株15万7300株を買い増したのだ。
続いて久美子は配当予想の修正を行うべきと進言する。
これが、久美子と外資系ファンドによって巧妙に仕組まれた罠であることにはこの時点ではまだ誰も気づいていなかった。
翌2007年、大塚家具はこの時の自社株買いの一部に関して証券監視委にインサイダー取引を指摘されることになる。
意図的に安値で買おうとした事実はなく、ただの法令錯誤であったと証券監視委も認め、約3000万円の課徴金納付処分で済んでいる。
この処分を受けて久美子は
「社長自ら辞任すれば世間は大塚家具に対してクリーンな会社だというイメージを持ってくれる」
と強く主張し、勝久氏の社長辞任を強く迫る。
勝久氏はこの正論に抗えず、社長の座を降りることになる。
勝久氏が知らないところでインサイダー取引が行われたということで、久美子はコンプライアンス確立と同族経営脱却、及び相続対策を表向きの理由に別会社設立を勝久氏に訴える。
具体的には、資産管理会社の設立と社外取締役の受け入れ。
勝久氏は仕方なく了承し、久美子は大塚家具の持ち株会社「ききょう企画」を立ち上げ、自身がききょう企画の代表取締役に就任する。
ききょう企画は、大塚一族の持つ大塚家具の株式を買取り、代わりに社債を発行する仕組み。
勝久氏は130万株をききょう企画へ譲渡し、代わりに15億円分の社債(2013年4月までの期限付き)を受け取る。
(実はこれは筆頭株主であった勝久氏の持つ議決権を奪うのが真の目的だった。)
この時点でききょう企画が大塚家具の筆頭株主になっており、また久美子派の社外取締役が2人就任。久美子が社長になるための布石は着実に出来ていった。
ききょう企画の取締役として再び大塚家具に出入りするようになった久美子は
それまで年間700億あった売り上げをわずか1年で500億まで減少させた。
(のちに久美子はこの時の売り上げ減少を勝久のせいにし、2015年の株主総会で濡れ衣を着せる)
つづく
出典:
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1644840493/