という方向に韓国メディア(とそれを牛耳っている従北野党)は持っていこうとしているようだ。
事故発生の原因は確かにそうかもしれない。
だが今回の事件で特筆すべきは犠牲者数の多さだ。実に150人以上の人が亡くなっている。
恐らく韓国人が相殺論法で持ち出そうとするだろう日本の類似事件に「明石花火大会歩道橋事故」がある。
これも痛ましい事件であったが犠牲者は11名だ。
なぜ韓国の場合はこんなに被害が拡大してしまうのか。当初春原は悪意を以て故意に踏み殺そうとした者が相当数いるのでは、と疑っていた。
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_9/view/id/3594194/page/18
そうでも考えないと犠牲者の多さに説明が付かないからだ。
だが実態はどうもこういうことらしい。
① 転倒事故が発生し、死者・負傷者が発生。
② 救助活動をしようにも次から次へと人が押し寄せ被害が拡大
朝鮮ちんぽ日報によれば救急車の現場到着に際し、250mの移動に40分かかったそうである。
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2022/10/31/2022103180004.html
つまり救急車が来るような事態になっているのに人の波があふれかえったままだった、ということだ。
以下は春原の想像だがこういうことだったのではないか。
犠牲者が発生する。当然犠牲者の周辺では騒ぎになったはずだ。
その騒ぎを「何があった?」と興味本位で確かめようとする者が続出。
こりゃヤバイと思って離脱しようにも次から次へと人が押し寄せるのでそのまま流され犠牲が拡大。
さてこの興味本位で群がった野次馬に倒れ込んだ人を殺害してやろうという意図はあったか。
おそらく無かっただろう。ただただ興味本位で群がって新たに倒れ込んだ人々を踏み殺しただけ。そこに殺意は無かった。
ここで考えたいのは殺意を持って殺されるのと殺意もなしに殺されるののどちらがマシか、ということ。
春原には理由もなしに死に追いやられるという方が理不尽な気がするが皆さんはどうお考えだろうか。
それでなくても正常化バイアスが旺盛な韓国人だ。罪の意識を持つ殊勝な者も少ないだろう。
「自分一人くらい・・・」の総和がもたらした大惨事。セウォル号事件は教訓になってなかったということだ。
で、韓国人諸君、また警備の責任だけ追及してスッキリしちゃう?
ウリは関係ないnidaって。