[寄稿]韓国は見せかけの先進国という「外皮」を脱ぎ捨てよ
ユン・ホンシク|仁荷大学社会福祉学科教授・ソーシャルコリア運営委員長
本当に「先進国」になったと思った。日本による植民地支配、解放、分断、戦争を経て、世界で最も貧しかった国が、国内総生産(GDP)規模で世界10位に躍り出た。1人当たりの実質GDPと賃金水準はすでに日本を追い越しており、1人当たりの名目GDPも早ければ今年中に、遅くとも近いうちに日本を追い抜くだろうという。
それだけではない。韓国文化は世界の人々の楽しむグローバル文化になった。政府樹立後数十年間にわたって厳しい独裁を経験したものの、1987年の民主化以降、民主主義はだんだんと強固になっていると信じていた。
しかし、そうではなかった。韓国は深刻な社会経済的問題を抱えている「奇妙な先進国」ではなく、物質的豊かさを除いてほとんどすべてが成熟していない「奇妙な後進国」だった。
でなければ、セウォル号惨事を経験して10年もたたないうちに、国がまたしても国民の安全をないがしろにし、その責任すら否定する状況が繰り返される現実を説明する術がない。
このかん私たちが作ってきたと思っていた「先進的」システムは作動しなかった。民主主義社会だから無能な人々も大統領になりうるし、無能な政党も政権を握りうると考えていた。だが、私たちがきちんとした社会・経済・政治システムを作っておけば、誰が政権を握っても国はきちんと動くと思っていた。
大変な錯覚だった。経済さえ成長させれば成熟した社会と政治は自然についてくると思っていたのだが、そうではなかった。経済成長のみを最高の価値とする社会では、力量のある民主的政治勢力も、社会も、成長できなかったからだ。
振り返ってみれば梨泰院(イテウォン)惨事が発生する前から、目に見えない社会・政治力量を成熟させなければ私たちの社会は持続可能にはならないという警告音が鳴り響いていたように思う。近くはセウォル号惨事からはじまって、深刻化する不平等、自分の権利だけが大切で、自分と自分の家族のみが豊かに暮らせればそれでいいという極めて利己的な自己責任という価値観、国と政治に対する途方もない不信に至るまで、あらゆる現象が危険を警告していた。
不幸なのは、責任あるいかなる政治勢力も、これらの警告を真剣に受け止めていなかったことだ。いや、受け入れられなかったのだろう。
解放後、韓国には経済成長と先進国入りという誰も否定できない明確な目標があった。問題は、韓国社会がその合意された目標に達するやいなや、どこへ向かうべきか迷ってしまったということだ。
経済だけが成長した奇妙な後進国、大韓民国が歩んできた道に対する冷静な省察が必要だ。
見せかけの先進国という外皮は脱ぎ捨て、これからは国民が安全で幸せな国を作る新たな歴史を記さねばならない。
//ハンギョレ新聞社
ユン・ホンシク|仁荷大学社会福祉学科教授・ソーシャルコリア運営委員長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
何が言いたいのかよく解らない文章だが、
「やはり我々は馬鹿だった」「後進国だった」という結論のようだ。