
「他人の物」
「物」とは、文書と建造物以外のあらゆる財物をいいます。文書と建造物が除かれているのは、別に条文が設けられているからであって、決してこれらは壊してもいいという意味ではありません(権利義務に関する文書や建造物の損壊については、むしろより重い罰則が定められています)。
「他人の」とあるのは、自分の物を損壊しても罪に問われないということですから、一見当然のようにも思えますが、刑法の262条は、たとえ「自己の物」であっても、「差押えを受けた」物や「賃貸」している物については損壊を禁止していますので、こちらも注意が必要です。差押えを受けたり賃貸したりしている場合、所有者といえども自由な処分は許されないということですね。
「損壊」「傷害」
「損壊」とは、「物の効用を害する一切の行為」を指します。難しく聞こえるかもしれませんが、壊す、汚す、隠すといったような、「使えなくする」行為を広く含むとお考えください。
たとえば自動車を例に取ると、タイヤをパンクさせる行為は、タイヤを破損させ正常な運転を不可能にするものであるため、明らかに「損壊」にあたります。
これがパンクではなくタイヤの空気を抜いたのだとすると、微妙な問題を生じます。空気を入れ直せばまた使用できるため、「損壊」に当たらないのではないか、といった議論があり得るからです。
この場合、「容易に元の状態に戻せるか」が重要なポイントとなってきます。筆者の私見になりますが、自転車であれば簡単に空気を入れられるため「損壊」に当たらない可能性が高く、自動車の場合は空気を入れるにもコンプレッサー等の特殊な道具を用いた大がかりな作業となってきますから、回復が容易とはいえず、「損壊」に当たると判断される余地もあるように思われます。
ただし、回復が容易かどうかは相対的な問題であるため、最終的には一切の事情を考慮した事例ごとの判断となります(たとえば自転車であっても、自転車店に侵入して店内の全ての自転車の空気を抜いたような場合は、回復が容易とは言い難いように思えます)。
また、自動車の車体を傷つけたような場合、走行性能に影響はないため「使えなくなった」わけではありませんが、これもやはり「損壊」に当たります。美観が損なわれており、元のような完全な状態では使用できないという意味で、「効用が害されている」というわけです。
さらに、この「損壊」には、心理的な意味で使えなくすることも含まれます。物を汚損した場合などで、たとえ洗浄することで物理的には完全なきれいな状態になったとしても、普通の感覚では使用するに堪えないというときには、これも「損壊」に当たるのです。有名な事件として、「食器に放尿」した事例がよく知られています(大判明治42・4・16)。
「傷害」とは、動物を傷つけることであり、対象が動物であるため言葉が使い分けられているにすぎず、意味としては「損壊」と同様に捉えていただければ十分です。

>>まず器物だと言っても良いのか分からないが, あれで損壊? w