日帝に毀損された弥勒寺石塔、100年ぶりに復元着手
韓国で最も古く最大の石塔、弥勒寺跡石塔(国宝第11号)
1915年頃、日帝に発見された当時の放置されていた石塔
↓
補修工事を終えた石塔=30日、益山


現在まで更地で何も見つかってないが
崩れかけた石塔と更地から、ここまで妄想する韓国政府。
1992年に更地から復元された東塔
双子塔だった西塔も本来はこのようだったと妄想。
文化財庁は195億ウォンを投入して復元する計画。
弥勒寺石塔は1998年構造安全診断結果を基に翌年文化財委員会で解体保守が決定された後実際の解体は2001年10月31日始まった。 2009年1月には、1階の柱のコメントから石塔が建立された正確な時期を百済武王の時の639年に確定した。併せて、これを誰が、なぜ建設したのかも判明した。
韓国の遺跡は下の写真のように
他の遺跡も全て石塔しか見つかってないが
本来は豪華な木造建築があったと妄想している。
弥勒寺跡石塔(639年)の創建は法隆寺(607年)創建より後である。
2006年に建築された韓国の建造物
法隆寺と東大寺を模倣したような
割と最近に建てた李氏朝鮮時代の建造物
1867年
1868年
資料が全く無いのに1兆ウォンかけて新羅都市復元
遺跡も当時の記録も全く無いのに慶州市は2025年までに9450億ウォン(約930億円)を投じ約1300年前の新羅の都市の大規模な復元・再建作業が行われている。
歴史との整合性は全く無い。
ようするに想像の都市だ
想像の新羅都市は基本的に李氏朝鮮時代に想像で描かれた鳥瞰図を元に再建されている
CGによる復元イメージ





しかし実際に発掘された新羅時代の遺跡は見窄らしい石塔ぐらいしか無い


新羅時代より少し前に建てられた日本の建物に瓜二つな理由は?
法隆寺(607年)


四天王寺(593年)



韓国の国宝(国宝第31号)
慶州瞻星台(けいしゅうせんせいだい)
新羅の善德女王が
国家プロジェクトとして建築したとされる天文台
(その辺の丘より低いので実際は祈祷に使ったと思われる)
善徳女王(632年 - 647年)の治世下に建造された
国家プロジェクトのこの塔がどうやって建築されたか
最近判明したという
お分かりだろうか?
土を盛りながらただ積み上げただけ
小窓のすぐ下まで内部が土で埋まっていた理由も
これで判明した。
どう見ても石を積んで建造物を作る文化
ちなみに
法隆寺は
善徳女王が生まれる前の
607年(670年〜再建)創建だ
2006年に建築された韓国の建造物
どう見ても、日本の建造物をCOPYしただけだろう。
国宝 富貴寺(大分県) 718年創建
国宝 宇佐神宮(大分県) 725年創建(1855~1861年造営)
呉橋(大分県) 1183年以前(1622年修築)
国宝 崇福寺(長崎県) 1629年
日本唯一の中国黄檗(おうばく)様式の建築(木材も中国から運んで建てられた)